朔の夢

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 それから半月程後、夢は再び入院した。  今度は左目の目尻から芽が生えたのだ。ある朝、目の端から眼球を突き破って黄緑色の若芽が飛び出した。退院からわずか二日後、左目が見えないと夢が異常を訴えた矢先のことだ。 「硝子体内に植物がある。通常ここへの混入は考えられない。それからおそらく、夢君の体内各所で植物が発芽している」 「どういうことですか⁉︎ 久我山先生」 「言ったそのままだ。全身をCTで調べた。一番大きいのは左眼球内だけど、左内耳、右膝の軟骨、それから腸内の一部におかしな影がある。左眼球は根まで張ってるから、予後を考えると結膜や瞬膜ごと摘出するしかない、と思う。他は内視鏡で取ろうと思うけどどうかな」  俺はその意味を咀嚼しようと頭を捻っていたが、夢は即答した。 「お願いします」 「おい夢! 左目がなくなるんだぞ!」 「朔、この間から体の調子がおかしいんだ。僕が僕じゃないみたいで。それから先生、とれた左目を見せてください」  摘出された左目は異様だった。結膜ごと摘出された眼球は小さな皮袋に入った鉢植えのようで、膜と眼球の境目からにょろりと柔らかい葉が出ていた。久我山がメスで眼球を動かすと、それは確かに眼球の端を突き破っていることが見て取れ、その部分を切開するとゼリー状の物質が少し溢れ、その内部に渦を巻くように茎と、それから水耕栽培のように根が詰まっていた。  これが夢の中に? 嘔吐感が迫り上がる。 「気持ち悪いのはわかるけど、これを見て。大事だから」 「……これ?」 「この植物は網膜から直接生えている」  久我山が指し示す先では、眼球の内側の一部が土山のように盛り上がり、そこから青い茎と根が出ていた。 「どういう……ことですか」 「理由はわからないけれど、この植物は夢君の内側から生えている。他のものもそう」  久我山が見せた筋膜片と腸間膜片からも、そこから発芽したとしか思えないという形で膜が盛り上がり、緑の蔓が生えていた。 「よければ研究のためにそれを培養したい」 「先生は弟を実験動物かなにかだと思ってるんですか!?」  俺は久我山の言葉に俺は激高した。けれども久我山はじっと俺の目をみつめ、そこに興味本位は見当たらず、むしろ心配が滲んでいるように見えた。 「それは違う。状況は君が思っているよりずっと悪い。全身くまなく造影したけど、これらに至らないほどの組織異常が複数ある。頭の中のくも膜の一部にも。未だ瘤にしか見えないけれど、ひょっとしたらその全てが発芽する可能性がある。そうなれば命に関わる。そしてそれは続くかもしれない。当面放射線で焼こうと思うけど、抜本的な治療には研究が必要だ」  その結論は、俺達にとって悪夢でしかなかった。
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