朔の夢

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 それから桜川を紹介されて今に至る。  1日1回、久我山が桜川のラボ(研究室)サイバーナイフという放射線治療(ピンポイントで腫瘍を破壊する)装置で、その日夢に発生した植物を焼く。保険適用外のこの治療に、研究名目でベッド代程度しか請求されないことには感謝しかない。  夢の奇病は普通に治療すれば恐ろしい大金が必要だろう。この放射線治療だけでも一回に数十万はかかるそうだ。 「奏汰、情報をすり合わせよう」 「うん。腸間膜の芽だけど培地(栄養源)に置く限り増え続ける。それで病理の報告では遺伝子は未知の種類らしいけど、植生自体はマメ科っぽくて、今はだいたい3メートルくらいまで伸びた」 「は? 久我山先生、それはどういう」 「そのままだよ。逆にそのまま保管した筋膜の芽は栄養がなくなれば枯れた。普通の植物と似た性質を持つ。だから多分夢君に生えっぱなしにすると夢君が、えーと」  珍しく奏汰が目を彷徨わせる。沈黙を破ったのは当事者の夢だった。 「久我山先生。続けてください」 「……うん。夢君の栄養がなくなるまで、つまり完全に死ぬまでは成長を続けて死んだら枯れる。だから寄生植物じゃない」 「寄生以外の何ものでもないじゃないか!」 「朔、寄生ならば宿主を殺したりしない。死んでは元も子もないからだ。奏汰、その植物は実花をつけるのか」 「今のところないね」  植物のDNAを調査した所、豆科の亜種ではあるそうだ。発芽した部分の夢の細胞片を調べると、その部分のT細胞とB細胞(免疫細胞)が存在しなかった。  そのため局所的に免疫不全が生し、そこに生じた植物があたかも移植されたかのように組織と一体となり、芽吹くという。 「大岳、それ、SCID(免疫不全)マウスと同じ状態ってこと?」 「そうだ。夢は細胞単位で突発的に免疫不全が生じるのだと思う。細胞異常、つまり癌に類似し、放射線治療は対処療法としては正しい」  そのマウスは免疫機能、つまり拒絶反応が極めて乏しい。だから人の正常細胞であってもそのマウスに移植でき、移植用臓器や皮膚の培地となるらしい。  そこからの大岳の仮説はその場の誰にも理解できなかった。 「免疫不全の箇所で植物が夢のDNAに勝つ。つまり植物因子は夢のDNAに内蔵されている。そうとしか思えない」 「そんな馬鹿な」 「奏汰、他にどこから入るんだ」 「いや、でもさ」 「2人の先祖は植物園の何者かにゲノム(遺伝子情報)を編集された。朔と夢は一卵性の双子で、片方だけが発芽した。そう考えれば、伝承と一致する」 「何の話?」 「あの、桜川先生、本当にその話、信じるんですか?」  困惑しか無い。久我山も首をかしげていた。 「今のところ、他に浮かぶ仮説はない」
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