朔の夢

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 先祖の住んだ屋敷は既に朽ち果てていた。放置されて久しいのだろう。植物園跡も同様で、大量の雑草が行手を阻む中、可能な範囲で土を採取した。  俺には完全に徒労に思えた。  今腰掛ける廃屋の縁側前の庭も、高さ2メートル程の(ひし)めく雑草が温かな南風に揺れてるだけだ。一日の作業で体は汗で湿り、体は重くなっていた。吹き抜けるこの生ぬるい南風が体にふれるたび、奇妙な懐かしさと居心地の悪さを俺にもたらした。 「無駄足が踏める余地があるのは幸福だ」  桜川の様子は変わらず、同じように働いたというのに、汗をかく様子もない。やはり、非人間的に見える。だから答えをくれそうな気がした。 「……先生、弟はもう駄目なんでしょうか。日に日に痩せています」  俺はずっと思っていたことを口に出した。桜川は夢の希望をいれ、症状はいつも夢のいる前で説明する。だから夢のいない今しか、聞けるタイミングはなさそうだった。  俺にとって、夢は唯一の家族だ。決して失いたくはない。  けれどもそのやせ衰えていく体を、夢の苦しみをこれ以上見るのは忍びなかった。そして桜川が行っているのは確かに実験で、それがただ、夢を苦しませているだけなのなら。そう考えれば、いっその事終止符を打つことも脳裏に浮かんでいた。けれども。 「その問いは無意味だ。本人の気力次第のところもあるが、夢は強い。諦めなければ生きられる。今日も久我山が治療したはずだ」  唇を噛み締めた。そうだ。夢は生きることを望んでいる。対処療法はなされている、ただの延命は可能な状態にまで持ち越せている。それは意味があることなんだろうか。夢。 「……土は集めました。早く帰りましょう。心配です」 「この土は確かに本に記載の場所から採取したが、正確かはわからない」 「そんなの今更です。全て物語だ。それともこのあたり全ての土を採取するとでもいうんですか⁉︎」 「夜を待ちたい。先祖が何かに会ったのは夜だろう? 荒唐無稽だが、知人から妙な話を聞いた。芭蕉精(ばしょうのせい)という妖怪の話だ」  妖怪、という非現実的な、そして人文的な言葉が桜川から出るのは初めてで、困惑する。そしてその沖縄の民話は俺たちの先祖の話と同等かそれ以上に奇妙だった。  女は日が暮れて以降は芭蕉の原を歩いてはならない。何故なら美しい男が現れ妊娠し、鬼子を産むようになる。それも毎年。 「何を言っているんです? それこそ物語でしょう?」 「掴む藁があるのなら、掴むべきだと思わないか? 何度も言うが長く伝えられた話には時折真実が含まれる。その女の鬼子が染色体異常による疾患だという可能性が……」  その時、カサリと音がした。見上げると、雑草の合間から整った顔の男がこちらを見つめていた。まるで先祖の話と同様に美しい月の光に照らされて。まさか。
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