朔の夢

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「貴方はこの家の子ですね」  その男は、じっと俺を見て涼やかな目でそう述べた。 「は……い?」 「片割れは既に亡くなられましたか。早く連れてきてもらえれば」  片割れ? その言葉に頭を殴られたような気がした。  なぜ夢を知っている。俺に双子がいると知っている。ということは、先祖のあの話は真実なのか? まさか。これまで信じていなかった御伽噺が、姿を持って眼の前にいる。茨姫の物語のような夢の病と同様に。  そう思った瞬間、目の前は真っ赤になり、燃え上がるような怒りが波のように全身に広がった。こいつが夢をあんなふうにしたのか。こいつが全ての原因なのか。叫び出しそうな憤怒を桜川が遮る。 「連れて来ればどうなっていた?」 「先生⁉︎」 「永らえることだけは」 「どうやって」 「こちらへ」  唯一の手がかりだと囁く桜川の声に混乱しながら男の後ろを歩くと、鬱蒼と生い茂っていた雑草はあたかも招き入れるかのように2つに割れて道ができた。植物園を過ぎ小高い丘に登れば、静かな月光が差し込むその(いただき)には何本かの大木が生え豆が成っている。  そして直感し、慄いた。この木は人間だ。夢と同じだ。ここでは人が木になる。 「な……んで」  愕然、呆然、恐れ、温かみ、そんな感情がぐちゃぐちゃと俺の心を支配する。けれども隣で聞こえた冷静な声は、更に混乱をもたらした。 「どうして実が? 東京では付かなかった」 「この地が必要なんです」 「採取しても?」 「構わないが」  実? 実なんてどうでもいいだろう!? 「先生! 何でそいつと仲良く話してるんだ! こいつのせいで!」  けれども桜川は静かにするよう俺の肩を叩く。 「元に戻すことは可能ですか?」 「混ざった以上は不可能です。そこは重々説明したのですが」 「本人は納得しても、子孫は違うものだ」  男は初めて、目を伏せてからわずかに申し訳無さそうな表情で俺を見た。  ここに着任した先祖の妻は死病を得た。妊娠しており、このままでは子諸共死ぬ運命だ。当時植物園に自生していたこの男は見かねて声をかけた。妻によく水を貰っていたからだ。  男の植物たる生命力を与えれば妻も子も助かるだろう。けれども双子が生まれた場合、男の力は分散し、片方は人に、片方は植物になる。この丘の上であれば、植物として生きられる。  先祖はそれでも良い、と考えたのだろう。そうでなければ妻も子も皆死ぬ。  男はそのように了承を得て力を貸した。  死ぬ。けれども植物として、だと?  問い詰めようとした瞬間、男の姿は薄らいで消えた。気づけば既に夜が明け、陽が差し込んでいた。
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