朔の夢

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「調子はどうだ、(ゆめ)」 「あんまり良くはないけどね、昨日よりは大丈夫」  眼の前のベッドにはたった1人の弟の夢哉(ゆめや)が力なく横たわっていた。家族はもう 夢の他にいない。ペンライトで薄っすらと照らされる俺と同じ顔の色は昨日より幾分いい。けれども部屋は薄暗い。だから実際はよくわからない。  この6畳ほどの個室にはベッド脇に小さなチェストがあり、その上にポットと水と酒が乗っている。それを除けば、設備は簡単なキッチンとミニ冷蔵庫とクロゼットがあるくらいで、他には窓もなにもなく、天井の電灯は取り払われている。後はせいぜい夢が私物として持ち込んだ何枚かの着替えとタブレットとその充電器くらいだ。  夢はこの真っ暗な部屋に3ヶ月ほど前から閉じこもっている。  理由は明白だ。夢の体の中で植物が生えるからだ。  夢は植物が生えだしてから、みるみる痩せ衰えた。おそらく夢の栄養を奪い取っているのだろう。今も酷い状態だ。観測のために左腕の手首付近からは1本の蔦が生えている。その憎々しい薄緑色の柔らかい蔦の先端はくるりと巻き、夢が肩を動かす度、その余波で夢の表皮から5センチ程度の中空でふよふよと揺れていた。  当然ながら体内に植物が生え、根を張るるという事象は酷く痛いらしい。体外に発芽する太さになれば特に。だから夢はブロック注射を打ち、右肘から先の感覚を閉ざしている。夢の指先は柔らかく温かいのに、もう動かない。思わずその手を握りしめた。  けれども桜川大岳(だいがく)は表情を変えずに鼻の上に乗せたメガネをわずかに押し上げ、機械のように呟く。 「そちらの朔哉(さくや)に率直に言えといわれているから率直に言うが、状況は悪い」 「先生、俺にだけ言ってくれればいいのに」  その一言が、夢の負担になりはしないか。俺にはそれが気にかかる。 「そちらの夢哉からも同じように言われているからな。別々に話すと二度手間だし、情報に齟齬がでると面倒だ」 「それでどう悪いんですか、桜川先生」 「夢哉、先生は不要だ」  桜川と最初にあった時、俺にはひどくぶっきらぼうで、冷たい人間に思えた。けれども確かにこの病に真面目に取り合ってくれる者など、他にはいなかった。真面目に、という語彙をどのように解釈するかという問題だが、ようはどの病院に入院してもそこでは人道的な治療を行うだけで、非人道的な治療には踏み込まなかった。
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