謎の女子高生

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謎の女子高生

 突貫工事で造った(めぐ)用の個室に不具合があったらしい。シャワーの湯が出ないどころか、水が溢れ出て止まらないのだ。  誰かがバスタオルを(メグ)に投げつけると、頭からすっぽりかぶった彼女はそれでもちららと濡れた陰毛の一部が見えているのにはまったく気を注がず、 「これって、のたたりかも」 と、イミフなことをぶつくさ言い続けていた。  その場にいたやや年配の女性補助員が、さらに自分のスーツで(めぐ)の身体を覆い、ロッカー室まで連れていった。〈室〉とはいえ、密閉された空間ではない。あくまでもオフィス用間仕切り壁で囲んでいるだけにすぎなかった。  惠から“トドさん”と呼ばれていた等々力(とどろき)を手招いた柊平は、 「さっきのヤクブツの件だけど……」 と、切り出した。  等々力(とどろき)の顔がまだ幾分火照(ほて)っていたのを()ます意味合いもあった。妄想から現実へ引き戻すのは、引き金(トリガー)になるワードが必要だろう。ヤクブツ……は、そのトリガーである。 「それは……あとで警視どのからお聴きください」  等々力がいった。  真正面から柊平を見据えていたのは、頭裡に刻まれた惠の乳房と陰毛の瞬間映像を、なんとか自力で振り払ったようである。 「トドさん……」  柊平は惠を真似(まね)て、等々力に呼びかけた。 「これだけ教えてほしい。そのヤクブツの流通元は、暴力団? それとも他国の諜報機関?」 「まだ、はっきりとは……。人民解放軍系かロシアンマフィア系かと……」  そこまで等々力(とどろき)が教えてくれたのは、なにも柊平にこころを開いたのではなく、さっきの(めぐ)の乳房のせいで、中年男の胸中にざわめきをもたらしていたのだろう。つまりは、まだ正常な判断ができないのだ。  告げてしまってから等々力は、慌てて、 「あ……いま、お伝えしたことは、くれぐれもご内密に……」 と、急に声をひそめて哀願の顔を柊平に向けてきた。 「ラジャーです。ここだけの話、ということで……」  そつなく柊平は答えた。  人間関係、とりわけ、男同士では、“ここだけの話”を共有することは、それだけ距離を縮める効果もある。この場合は、柊平は相手に貸しをつくったことになる。 「あとで、作戦会議を開きます。さんも参加してください。のちほど、連絡させますから」 「作戦会議……?」 「ちょっと全体の動きを把握しておきたいので。それを核となるスタッフにも共有してもらいたいのです」  そつなく柊平は答えたが、いまのフレーズのなかに、等々力(とどろき)の自尊心をくすぐるワードを入れておいた。“核となる”……そういうふうに位置づけるという意思だけは、相手に伝えておいて損はない。  なにしろ、事は402号室の通称・桂木俊輔なる人物の生死の問題だけでなく、アルファ・ビルヂングの立地そのもの、あるいは、その土地にまつわる過去の事件等にもつながっていく可能性が大きいだけに、(めぐ)と二人だけで情報を共有している事態ではないと判断したのだ。  しかも、柊平が仕入れてきた最新の情報では、に関する調査、毎週木曜日に402号室を合鍵で訪れていたらしい女子高校生の存在も気にかかる。かれの直観では、“お父さん”=桂木俊輔ではないだろうとおもってはいたものの、そちらのほうの身元特定を急がなければならない。  やることは山ほどある。そのことと、いま、できることとの間には、天と地ほどの隔離がある。その事実を主要スタッフと共有させておかなければなにもはじまらないのだから。     
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