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初めて芽生えた将来への希望。
夢を叶える為なら、父も会社も利用してやる。
それが最短ルートのようにも思えた。
海外で学び、経験を積んでいる間にも、あの音を忘れたことなんてなかった。
幸せそうに食べる彼女の咀嚼音。
その記憶だけを支えに生きてきたんだ。
もう一度彼女に会ってお礼が言えたなら。
帰国して真っ先にそう思っていた俺に、まさか幸運の女神が微笑んでくれるとは。
『江藤琴美さん、副社長の真心はいかがですかー?』
琴美。
その名前にドキッとした。
『あの……コリッガリガリッ……シャクシャクシャクシャク』
会場一杯に響く咀嚼音に、雷に打たれたかのごとく震えが止まらない。
音の素材は違えど、身体に染みついている。
決して不快にならない、上品で尚且つ力強い、とても可愛らしい咀嚼音。
『すみません。とても美味しいです』
愛らしく高い声もあの頃と変わってない。
あの時の彼女だ。
そう確信した俺は、もう溢れる気持ちを抑えることができなかった。
ガラスの靴を手に駆けずり回る心境で、必死になって彼女を追いかける。
「もっと食べてる時の音、聞かせてください」
唖然として俺を見つめる大きな黒目がちの瞳と、触りたくなるような頬、たくさん食べるとは思えない小さな唇。
肩までの柔らかそうな髪や血色の良い肌は、健康を物語るように艶やかで。
一目で恋に落ちた。
もちろん、その音にも。
「お帰りなさい!早かったですね!」
「早速餃子焼きましょうか」
玄関のドアを開けた瞬間に感じる温かな空気に心が解れる。
笑顔で出迎えてくれた琴美と勅使河原さんに癒されて。
「会いたかった。琴美」
勅使河原さんが餃子を焼いている隙に彼女を抱き締めると、琴美は真っ赤になってすぐに俺から離れた。
いけない。
早まってはだめだ。
じっくり時間をかけて、アプローチを続けないと。
「いただきまーす!カリッ……じゅわっ」
「んん……」
「ハフハフ……美味しいー!」
「あああ……」
「あの、僕帰りましょうか?」
「……大丈夫。勅使河原さん、居てください」
暴走しない為にも。
「んっ……あっつぅ……ふうふう……カリッ」
「はあ……はあ……」
「やっぱりじいじは」
「居て……ください……」
今日も手錠しないと無理そうだ。
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