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「琴美、昨日副社長と何があったの?」
休憩中、この間の炊き込みご飯バージョン2の残りを味わっていた時。
先輩達が神妙な顔で尋ねた。
「……二人でホテル休憩したってホント?」
盛大にご飯を詰まらせ、勢いよくお茶を流し込む。
「ない!ない!ないです!」
必死に否定する私に、皆ホッと胸を撫で下ろしているようだった。
「なんでそんな話……」
「だってさ、あの後戻ってきた副社長、めっちゃスッキリした顔でやけに上機嫌だったって側近の人が」
それって、やっぱりASMRによるものなんだろうか……。
「違いますよ。美味いラーメン屋に案内してくれって頼まれて。無性に食べたくなっちゃったみたいで」
嘘をついてしまったけど、ラーメン屋に行ったことは本当だし。
副社長の趣味についてベラベラ喋るのも失礼だし。
途端に先輩達はお腹を抱えて笑った。
「なんだー!そういうこと!」
「流石琴美、早くもグルメだってこと副社長の耳に入ってたんだ」
「急にラーメン食べたくなってパーティー抜け出すなんて、副社長面白い人!」
「そうですね……」
面白いの範疇超えてる気がするけど……。
____「お疲れ様」
噂の主役が突然調理室に現れ、瞬く間に歓声が沸いた。
今日も麗しく、スーツ姿が眩しい副社長。
「少し見学させてください」
柔らかな笑顔に、皆うっとりと懐柔されている。
視線が合った途端、嫌な予感がした。
彼の目がとてつもなく輝いたからだ。
「琴美、昨日はありがとう」
勢いよくこちらへ向かってくる彼に冷や汗が滲み出た。
まさか社内でも名前で呼んでくるとは。
やっぱりアメリカ育ちは違う。
再び疑いの目をかけてくる先輩達に、何度も首を横に振る。
「それ、開発中の鶏ごぼう飯?」
ずいと迫る彼から、ほんのり良い匂いが香った。
香水とも、洗剤とも違う優しい香り。
「副社長もお味見お願いします!」
「どうぞこちらへ!」
先輩達が副社長を囲んでくれて、やっとのことで平常心を取り戻し炊き込みご飯に集中できる。
彼は別のテーブル席につき、周りの社員達に促されるがまま炊き込みご飯を頬張った。
ごくりと固唾を呑み込む。
認められるだろうか。
……味の巨匠に。
「……食材の香りが高く食感もいいですね。塩味のバランスも丁度良い。ほんのりと後から香る生姜がくせになります」
言って欲しい言葉を全部言ってくれて、胸の中が喜びと温かさでいっぱいになる。
私達の味覚と情熱は、間違ってないんじゃないかって。
「あり、」
「ありがとうございます!副社長」
「お茶どうぞー!」
お礼を言うタイミングを失った。
副社長のことは皆に任せて、今度こそ私も炊き込みご飯をかき込む。
そうでしょうそうでしょう、生姜の香りいいですよね。
そんなふうにテレパシーを送りながら。
「………………」
……と思った矢先、彼は瞬き一つしない勢いでこちらを凝視していた。
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