咀嚼音源収集デート

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____「琴美の友達って、男の人だったんだ」  側近の人の運転で迎えに来てくれた副社長は、車内では口を閉ざしていたのに、お店の席に着くやいなや呟いた。  私の知っている豚カツ屋さんのイメージとはかけ離れた、高級料亭のような個室だ。 「幼なじみの大志、鈴木大志です」  私の紹介に、大志はくすりとも笑わず有村さんのことを見つめている。 「……鈴木です」 「有村千明です、宜しく」  柔和な有村さんが手を差し伸べ、ぎこちなくも二人は握手を交わした。 「すみません、彼もどうしても豚カツが食べたいと」  苦笑する私に、全く気を悪くせずに微笑んでくれる有村さん。 「問題ないよ。食事は大勢の方が楽しいからね」  穏やかで懐の深い彼に感化されて、おかしな趣味があることも忘れてしまいそうになる。 「琴美がお世話になってます」  まるで親族のようなことを言う大志がおかしかった。  だけど家族ぐるみで仲が良いのは本当だ。  にやりと笑う大志を、有村さんは何か考えるようにして見ていた。 「………………」 「………………」 「………………」  気まずい。  全く共通点のない三人で、何を話せばいいの。 「お待たせしました。限定の“極み”定食です」  しかし、忘れかけていた主役が現れた瞬間、全てのわだかまりが洗い流されるようにして心が弾んだ。  晴れやかに澄みきった心は、たった一つの真実だけを求める。 「三元豚……新潟産コシヒカリ……いぶりがっこ」 「琴美、落ち着けよ」  ワナワナと震える私の肩を、隣の大志がつっつく。  なんて美しいフォルム。黄金色に輝く衣を纏った、食欲をそそるピンクの分厚い豚肉。  艶々の白いご飯、繊細に刻まれたふんわりキャベツ。  お味噌汁は、主役を邪魔しないような慎ましさを感じさせるワカメとお麩。  つけ合わせの、ちょこんと可愛らしく、しかし抜群の存在感を発揮させるサツマイモの甘露煮。  傍らで異彩を放ついぶりがっこ。 「なんて美しいんだ。全てに調和がとれている。まさにオールフォーワン、ワンフォーオール。これは唯一無二のチーム」 「おーい、琴美」  食べる前から感激に打ち震える私を、有村さんは嬉しそうに笑った。 「どうぞ。遠慮なく楽しんで」 「頂きます!」  勢いよく手を合わせ、まずは右から二番目の一切れを箸でつまむ。  最初の一口はソースをかけない。  豚本来の旨みや甘み、フライの香ばしさを味わう為だ。 「サクッ」  なんという歯触りの良さ。  まるで雨上がりの空のようにカラッと揚げられたフライと、中からじゅわっと出てくる肉汁。  お肉も柔らかすぎず、満足感のある歯ごたえを残している。   間髪入れずご飯をかきこむ。  噛むほどに甘い。  お米が全力でカツと対峙しようとしている。  味噌汁を一口。  全てをなだめ落ち着かせるような、聖母のような慈悲深さ。 「そろそろ戻ってこい、琴美」  大志の声にやっと我に返った瞬間、目の前の有村さんが真っ赤になって息を荒くさせているのに気づいた。 「美味しい?琴美」  とろんとした瞳に見つめられ、私も変な気分になってくる。 「お、美味しいです」 「良かった。いっぱい食べて。琴美が美味しそうに食べてるのを見てると幸せだよ」  めちゃくちゃ良い声。  今日も猫にまたたび状態の彼に困惑する。 「あ、ありがとうございます」  美味しいけど食べにくい。  ドキドキして、カツが喉を通らない。
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