咀嚼音源収集デート

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「サクッ」 「あっ……」 「モシャモシャ……」 「はあ……はあ……」 「サクサクッ」 「ああぁ……」  悶える有村さんに、大志は露骨に引いている。 「琴美、この人……?」 「き、気にしないで。大志も頂きなよ!美味しいよ!」 「お、おう。頂きます」  まだ困惑しながらも食事を始める大志。  ここで一つ気になった。  もしかしたら有村さんは大志の咀嚼音にも反応するんだろうか。 「サクッ」 「………………」 「サクサクッ……うめー」 「………………」  いや有村さんめっちゃスンッてなってる!  ガラス玉みたいな目をしてる! 「早く琴美も食べて……」  誰彼かまわず反応するのも怖いけど、私の咀嚼音に執着するのはもっと怖い……! 「なあ琴美!レモンかけると超美味いよ」 「わかってる。でもまだ“その時”じゃないんだ」  しばらくソースとの戯れを楽しんでから、ラスト二切れくらいでレモンをかけるって決めている。 「いや食べてみって」  そう言って、勝手に私のカツにレモンを搾る大志。  絶句した後に沸々と怒りがこみ上げた。 「なんで勝手にかけるの!」 「だって食べて欲しくて……」 「そういうのってレモンハラスメントって言うんだよ!レモンのアリナシは個人個人で違うから!勝手な思想を押し付けないで!」 「そこまで言うことないだろ」    しばらく言い合う私達を、有村さんはポカンとして見つめていた。 「あ、すみません有村さん。食事中にうるさくして」 「いや、それはいいんだけど」  有村さんは神妙な顔で私を見た。 「……随分仲がいいんだね」  じっとりとからめとるような目にドキッとしてしまう。 「ま、まあ幼なじみなんで」 「そうなんすよ!俺達、中学の時からずっと一緒で。な、琴美」 「レモン搾った手で触らないでよ」 「………………」  有村さんは顎に指を当て、しばらく黙り込んだ。  なんとなく、食べるタイミングを失う。  次の一切れが待っているのに。  食欲を落ち着かせようとお茶を啜る。 「もしかして、付き合ってる?」  予想外の言葉に、勢いよくお茶を噴き出した。 「な、ないですよ!だって大志、他に相手がいるんで」 「いや、それは……」  ゴニョゴニョしだす大志とは相反して、有村さんは唐突に満面の笑みを浮かべた。  あまりにも華やかに笑うから、目を奪われてしまうくらいに。 「そっか。……良かった」 「え?」  良かった?  それってどういう意味なんだろう。 「あ、いぶりがっこ食べた?美味しいよ」  それも自分のタイミングがあるんで、と言いたかったけど、連れてきてもらった手前悪態もつけない。 「頂きます。……コリッ」 「ぁっ」 「コリコリッ」 「コリコリコリコリ、シャクシャク」 「シャクシャク……」 「シャクシャクシャクシャクシャクシャク」  私の音に被せるようにこだまする大志の咀嚼音に、鬼の形相になった有村さんを見逃さなかった。  
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