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「今日はごちそうさまでした。友達のぶんまですみません」
『こちらこそ、急に誘っちゃって。喜んでもらえて良かったよ』
ああ、耳がぞわぞわと震えてしまう。
電話越しに聞く有村さんの声は、余計に低く美声に聞こえて。
結局最後まで美味しく頂き、帰りも再び有村さんの車で送迎してもらった。
至れり尽くせりの晩餐に、恐縮した気持ちで頭を下げる。
「本当に美味しかったです!ありがとうございました!」
力を込めてお礼を言う私を、電話の向こうの有村さんはくすくす笑う。
なんというか、とても紳士だ。
格好良くて、優しくて。
こんな人とプライベートで電話していることがくすぐったくて、ワンルームの部屋をわけもなく行ったり来たりしてしまう。
「大志も喜んでました。あんなに美味しい豚カツいただけるなんて、滅多にないので」
少しの間を置いて、有村さんは小さく言った。
『……あのさ、琴美』
「はい?」
『今度は、二人だけで食事しよう』
思わせぶりな言葉に胸が高鳴る。
勘違いしそうになる思考を慌てて戒めた。
『……今度こそ、誰にも邪魔されずに琴美の音を堪能したいんだ』
「………………」
そうだった。
彼は紳士でイケメンだけど、変態だったんだ。
『今度は琴美が食べたいものをご馳走するよ。なんでも』
「なんでも?」
『なんでも』
彼が求めているのは私の咀嚼音だけだとわかっているのに、どうしてこんなにもドキドキして、抗えなくなってしまうんだろう。
……美味しいものが食べられるからだろうか。
『来週末、どうかな?』
「は、はい」
こんなにすんなり了承してしまうなんて、私はどうかしている。
だけど正直言って、……いや、こんなことを言ったらそれこそ誰かに引かれてしまうかもしれないけど。
……彼が喜んでいるところを見るのは嫌じゃないというか。
こっちも少しだけ嬉しいと思ってしまうというか。
『琴美、お願いがあるんだけど』
「お願い?」
彼は少し言い辛そうに、ゆっくりと声を出した。
『その……今、何か食べてくれないかな』
「今ですか!?」
ヤバイ。やっぱりこの人筋金入りの変態だ。
「今はちょっと……」
一応歯も磨いたし。
そもそも、電話越しなんてなんだか恥ずかしい!
『……お願い』
あああああ!
なんでこんなに、この人のお願いに弱いんだ。
今さっき奢ってもらった恩義もある。
「わ……かりました」
『ありがとう!』
心底嬉しそうな弾んだ声に苦笑する。
こんなことで、日々の疲れを癒やせるなら。
「じゃあ、ポッキンいきます」
チョコレートがコーティングされたスティック状のクッキー。
『ポッキン!』
彼が歓喜の声を上げるので、これは一体なんの行為なのか自分自身にも困惑する。
それでも恐る恐る、ポッキンを口につけた。
「ポキッ……サクサクサクサク」
電話越しに響く吐息に、みるみるうちに身体中が熱を帯びる。
「ポキポキ……サクサク」
『あぁ……凄く……いい音』
やっぱりこの人おかしい。
おかしいのに、でも嫌いになれない。
「サクサク……ん」
『琴美……今すぐ会いたい』
そんな甘い声を出されたら、こちらも妙な気分になってしまう。
「ゴクンッ」
『は……』
なんでこんなことになってしまったんだろう。
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