咀嚼音源収集デート

11/13
808人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
「お昼の中華最高でしたね!」 「うん。最高だった。……音が」 「………………」  観光地をあらかた巡り終えると、すっかり夕暮れ時。  なんだかんだ有村さんと一緒に過ごすのは楽しくて、あっという間に時間が過ぎていく。 「ごめん、遅くなっちゃったね。そろそろ琴美の行きたいところに」 「実はこの近くなんです」  観光地から少し外れた地区の商店街。  近くのコインパーキングに車を停めてもらい、私達はぶらぶら歩いた。  懐かしい。  当時通っていた頃とは別のお店に変わっているところもあるけど、それでもそこにある空気は同じだった。 「……懐かしい」  そう呟いたのは有村さん。  何故彼も、『懐かしい』? 「あ、ごめん。言いそびれてたんだけど、俺もこの辺に住んでたことがあるんだ。母の実家があって」 「そうなんですか!?早く言ってくださいよ!」  もしかして同じ時にここをすれ違ったこともあるのかな?  少し嬉しいと思ってしまう。 「ここに来たのは数えるくらいしかないんだ。祖父母ももう、他界してしまったし」  会社のエントランスで社長を見つめていた時と同じ、寂しげな顔をする有村さん。  いてもたってもいられなくなって、彼を連れ目的地へ向かった。  ちょうど商店街の真ん中にある、昔ながらの飲食店。  当時はもっと、今時でお洒落なファーストフード店のように感じていた。 「ハピネスチキン?」  少し古ぼけた赤い看板を見上げて、有村さんは呟いた。  揚げたてが自慢の、フライドチキンのお店。 「はい!ここ、学生時代よく通ってて。無性に食べたくなったんです」  有村さんと。  彼をここに連れて来たかった。 「いらっしゃいませー」  店員さんは流石にあの頃とは違う人だけど、同じような温かい空間がそこにはあった。 「ハピネスセット二つください!」 「はーい。ハピネス大量注入します」  このおかしな接客用語も健在で、思わず笑みが零れる。  ポカンとして店内を見渡す有村さんを、カウンター席に促した。 「ここのチキン食べると、元気が出るって言い伝えがあるんです。いや、地元民にだけ伝わる都市伝説ですけど。私、毎日のように通ってたんで、実証済みです!本当に元気が出ます」  何故かBGMはレゲエ。  店員のお兄さんは金髪。  周りのお客さんは、高校生くらいの女子グループから若いカップル、近所に住んでいそうなおじいさんまで様々。  彼はまだ、この独特のゆるい空間に慣れないのか、キョトンとしながら辺りを見回す。 「……有村さん、少し元気がない気がしたので」  余計なことを言ってしまった。  気まずさを覚えちらりと見上げると、彼は優しく微笑んでいた。 「……ありがとう」  そんな顔をされると、名残惜しさを感じてしまう。  これでもう、咀嚼音もおしまいなのに。 「こ、これはチキンハラスメントですかね?元気の押し売り。でもホントに美味しいんで。それに、いい音出せそうです」  彼が噴き出して笑ったのと同時に、店員さんが意気揚々とチキンを運んできた。 「はいレッツハピネス」 「サンキューハピネス」  しょうもないやりとりの後に、目の前の美しいチキンを鑑賞する。  じゅわじゅわと微かに音が聞こえる見るからにジューシーで香ばしそうな揚げたてチキン。  独自に配合されたスパイスが食欲をそそることこの上ない。  皮付きのポテトとオニオンリングが嬉しい。  あの頃と全く変わらない内容に胸が躍った。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!