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ではいよいよ、お待ちかねの実食。
「いただきます」
手を合わせ目を瞑り、五感の全てをチキンに集中させる。
落ち着いて丁寧におしぼりで手を拭き、まずはお冷やを一口。
口の中を無の状態に戻してから、いざ、チキンに豪快にかぶりつく。
「ザクッじゅわっ……ザクザクザク……モシャモシャ」
「………………」
「……美味しいー!幸せ!」
全く変わらない味、香り、歯触りに懐かしさがこみ上げ、おのずと涙が滲んだ。
中学生の頃から通っていた、いつもここで迎えてくれた青春の味。
親と喧嘩した時も、好きな人に振られた時も、進路に悩んだ時も。
いつだってこの味が私を支えてくれたんだ。
『ハピネス注入します』
今思えば、このチキンが私の食の原点で、夢の原点で、幸せの原点だ。
「すみません!食べるのに没頭して!」
我に返って振り向いた私を、隣の有村さんは柔らかい眼差しで見守っていてくれた。
私と同じように涙で瞳が潤み、とても優しい顔をしている。
いつものように真っ赤になって呼吸を荒らげることもなく、ただ穏やかに、じっと私を見ていた。
「有村さん?」
この咀嚼音、もしかして刺さらなかった?
「琴美は凄い。やっと思い出したよ。この仕事を目指した原点を。問答無用で、食は楽しい、幸せなことなんだ。美味しいと、人は元気になれる。何が起きてもそれだけは変わらない」
キラキラと輝いた彼の瞳に、勢いよく胸が高鳴った。
「もっと聞きたい。幸せそうに噛みしめる音を。楽しく食事をする琴美を見ていたいんだ」
「有村さん……」
うわあ……。
「たくさんの人達が、そんなふうに食事できるように、これからも良い商品を作っていきたい」
もの凄く、断りづらい。
「琴美。これからも一緒に、いい仕事していこう」
差し出された右手を、握らないわけがなかった。
力強く握手を交わし、微笑み合って。
普段は食が細い有村さんも、勢いよくチキンを頬張る。
「美味しい!」
「でしょ?」
私達はお互いに涙目になりながら、ニコニコ微笑み合ってチキンを噛みしめた。
なんだか今日は、思い出の味が増えていく。
一緒に食事をする心地良さと幸福に浸りながら、改めて考えた。
もしかして、もしかしなくても。
私は有村さんが好きなんだ。
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