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「……落ち着いた?」
「はい、ありがとうございました」
それから数十分。
荒れ果てた部屋を確認した後、ショックでしばらく放心する私を、有村さんは再び車へ誘い近くの喫茶店へ連れて行ってくれた。
そこでコーヒーを飲み、ようやく落ち着いて物事を考えられるように。
「遅くまですみませんでした。もう大丈夫です」
「どこか泊まるところはあるの?」
「はい」
とは言っても、両親は東北に住む姉のところにいるし、私までお世話になるわけにもいかない。
近くのビジネスホテルか、漫画喫茶で夜を明かすか、それとも……。
光が射したようにある人物を思い出し、スマートフォンを取り出す。
「大志に頼んでみます!」
大志は私の自宅の最寄り駅からも三駅と近いし、妹の桜ちゃんと住んでいる。
頼みこめば数日くらいは泊めてくれるかも。
「頼んでみます!」
そうと決まれば仕事中であろう彼にメールを作成し始めると、有村さんはスマホを操作する私の右手を力強く掴んだ。
「……有村さん?」
「行かないで」
あまりにも必死な表情に、急激に鼓動が動き出す。
「で、でも……」
下手したら野宿になってしまうし。
お隣から丸見えの、穴が空いた部屋で生活するのも気まずいし。
「俺が宿泊先を手配する」
「そんな!」
それはあまりにも恐縮すぎる。
プライベートでそこまでお世話になってしまったら、会社の人にもどう説明すればいいか。
「そんなの申し訳ないので」
それに、有村さんにはご馳走になってばかりだし。
これ以上負担をかけられない。
「ご心配おかけしてすみません。本当に、大丈夫ですから」
「……俺が嫌なんだよ」
「え?」
真っ赤になって私を見つめる彼の目は、とても真剣で。
こんなの、勘違いしない方が無理だ。
「琴美が他の男と一緒に寝るなんて耐えられない」
突然の過激発言に絶句する。
「いや!一緒には寝ません!寝ませんよ!誤解です!寝床を借りるだけで……」
「だったら俺とでも問題ないね」
「は!?」
有村さんは、途端に爽やかな笑みで笑った。
「寝床くらいだったら、俺の家にいくらでも」
「何言って……」
いまだ握られた手が熱い。
その力強さに、流されてしまいそうで。
「俺の家においで」
しばらく放心したまま、フリーズするしかなかった。
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