いきなり共同生活

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 ああ。どうして。 「ここにあるものはなんでも好きに使っていいから」  どうしていつも簡単に流されてしまうんだろう。 「もちろん冷蔵庫にあるものも。好きに食べてね」  自分の愚かさに呆れる。 「で、ここが琴美の部屋」  有村さんが軽やかな手つきで扉を開けたのは、びっくりするくらい広いベッドルーム。 「ここ、ゲストルームなんだけどほとんど使ってないし、こまめにリネンとか洗濯してるから安心して」 「あ、ありがとうございます」  覚悟していたけど、やっぱり副社長の自宅はえげつない。  えげつないほどラグジュアリー。  東京のあらゆるランドマークが一望できそうな高層マンションの最上階。  しつらえてある家具はどれも上品で、恐ろしいまでに整頓されている。  ここに住んでいる彼に、大家さんには失礼だけどあのオンボロアパートを見せてしまったという失態を、今になって顔から火が出るほど悔いた。 「本当にありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみません」  何度目かのお辞儀をすると、彼は朗らかに笑った。 「迷惑なんてとんでもない。むしろ嬉しいよ」  熱い視線にごくりと固唾を呑んだ。 「琴美を独り占めできるんだから」 「は、はは。また冗談を」  私じゃなくて、私の音の癖に。  それでも嬉しく思ってしまうんだから、もう手遅れだと悟った。 「そうだ。お腹減ってない?」  彼は目を輝かせる。 「減ってます!」  つられて私も目を見開いて、我に返って誤魔化した。 「いや、嘘!大丈夫です」  途端に大きなお腹の虫が鳴り、彼は屈託なく笑った。  猛烈に恥ずかしい。 「座って。何か消化にいいものを作るよ」  有村さんが手料理を!?  また有村さんの料理を食べられるなんて。  恐ろしく現金な私は、家を失った絶望や不安が一気に癒えていく。  いつになくウキウキとしている有村さんを見ているのもくすぐったくて、キッチンに立つ後ろ姿をずっと眺めていた。  とにかく手際が良い。  全てに無駄がない動き、そして包丁捌きもスマートで素敵だ。 「あ、うどんですか?」 「うん。かき玉汁にする」 「やったー!卵大好きです」  手放しで喜ぶ私を、優しく笑ってくれる有村さん。  ああ。 「幸せ」 「幸せ」  つい口から出てしまった心の声は、びっくりするくらい綺麗に重なって、私達は苦笑した。  有村さん、真っ赤になってる。  私もきっと、真っ赤になってるんだろうな。  胸が締めつけられて苦しい。 「……幸せです。美味しいものを頂くのは」  なんて言い訳、きっとバレてるんだろうな。 「俺も幸せ。美味しそうに食べる音を聞けるのが」  悪気のない彼の言葉に、チクリと胸が痛んだりして。 「お待たせ」 「ありがとうございます!」  わかっていても、それを選んだのは私だ。  腹を括って、腹を満たす。 「頂きます」 「あ、ちょっと待って」  手を合わせた瞬間、彼は驚愕の行動をとった。 「有村さん!?」  どこから持ってきたのか、彼はレプリカの手錠を自らの手首にカチャリとつけた。  そして、鍵をそっとうどんの近くに置く。 「これ、琴美が持ってて」 「な!?」
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