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その日の夜は、未だかつてないほどえげつない夢を見た。
内容なんて言えるわけない。
とにかく、とにかく有村さんの癖が強すぎる。
それでも、ふかふかの布団と広い部屋は居心地が良く、微かに有村さんの優しい匂いが染みついている気がして何故かホッとした。
「おはようございます」
今日は日曜。
また朝から咀嚼音のやりとりが始まるのかな、と苦笑してリビングに出ると、そこには彼の姿がなかった。
「……有村さん?」
静まり返ったリビングは、余計に広く感じる。
テーブルには、まるでホテルのブレックファーストみたいな朝食セットが置かれていて、目を見張った。
『琴美、おはよう。一件仕事が入ったので、行ってきます。
琴美はゆっくり過ごしてね。
お土産買ってきます』
「有村さん……」
なんて気遣いのある優しい手紙。
丁寧で綺麗な文字。
些細なことでどんどん彼のことを好きになっていく。
……でも。
『ぁあ……もっと……聞かせて』
昨日の光景が蘇り、小さくため息をついた。
私って、有村さんにとって何なんだろう。
ピコンとスマートフォンから受信音が鳴り、画面には有村さんの名前が浮かんだ。
『琴美、起きた?
何も言わず出掛けてごめんね。
今、名古屋にいます』
添えられた名古屋城の写真に、ふっと顔が綻んだ。
『有村さん、改めてお世話になります。本当にありがとうございます。朝早くからお仕事お疲れ様です』
すぐに送られてくる返信。
なんだか私のことを気にかけてくれているみたいで嬉しい。
『こちらこそ、琴美が家に居ると思うと嬉しい。仕事頑張れる』
まるで同棲カップルのやり取りみたい。
いちいち胸がきゅんと鳴る。
『もし嫌じゃなければ、今日そっちにサポートを頼みました』
「サポート?」
『俺が子供の頃からお世話になっている、世話役の勅使河原さんです。彼は頼りになる人だから、困ったことがあったら遠慮せずに言ってみて。必要なものは、彼が全部買ってくれるから』
「勅使河原さん……」
主人より濃い苗字……。
『じゃあ、また夜ね』
ハートマークついてる……。
昨夜の夢も相まって、いかがわしいことを想像し瞬時に振り払う。
「落ち着け……」
これは別に、妙な関係になったわけじゃない。
私は慈悲深い副社長に寝床を貸してもらっただけ。
そして、そのせめてものお返しに咀嚼音を披露しているだけ。
勘違いしてはだめだ。
身支度を整えているうちに、宣言通り来客のチャイムが鳴り響いた。
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