食べる前に殴る蹴る

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  ____「っあー!運動の後のビールとタン塩最高!」  いつものように大志行きつけのお店で、思いきり肉を焼く。  焼く、食べる、飲む、をひたすら繰り返す私を、大志は呆れながら笑った。  大食いの私と一緒に食事をしてくれるのは幼なじみの彼だけだ。  何度か男性と付き合ったことはあるけど、皆同じ理由で振られた。  それはもちろん、大食いすぎる私に引いてしまうから。 「お前まだ彼氏できねーの?」  せっかくのカルビが台無しだ。  黙って肯いて、噛みごたえのある弾力をしばらく堪能してから答えた。 「うん。全く」  彼は心底面白そうに笑った。 「頑張れー」 「そういう大志は?」  待ってましたと言わんばかりににんまりする大志。 「実はさ、いい感じの子ができた」 「良かったじゃーん!じゃあ、今日で大志とも食べ納めか」  少し寂しさを覚えつつも、友達の幸せは心から嬉しい。  しかし当の本人は、いきなり血相を変え始めた。 「いやっ!大丈夫!琴美は友達だし!わかってもらうから!」 「いいって。彼女を大事にしないと」  とにかく私はこの上質なハラミに向き合うことで忙しい。  カルビ同様、弾力はしっかりしつつ歯切れの良さが後を引く。  脂っこくなく、いくらでもいけそうだ。 「大志とご飯行くの楽しかった!今まで付き合ってくれてありがとう!」 「ああ、うん……」 「お幸せに!」 「え、いやでも、まだ付き合えたわけじゃねーし」 「すいませーん!ハラミもう一皿ください!」 「琴美……」  今年で27歳。私はまだ当分、恋よりも食べ物に夢中だ。  食べることが好きと言っても、美食家というわけではない。  もちろんこうして美味しい焼き肉も大好きだけど、コンビニのジャンクなスナックも好きだし、自分で作る焼きそばも好きだ。  とにかく、食べている時が一番幸せ。 「ありがとうございます、生命の恵み……」 「一人で感極まるなよ」  そんな特技(?)が功を奏して就職できた『有村(ありむら)フーズ』。  レトルト食品を中心とした、様々な商品を扱う食品メーカーだ。  そこで企画開発をすることが夢だった私は、念願叶ってもう勤続五年目。  今は恋より仕事、そして食べ物の方が大事なのだった。
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