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____『では、新副社長、有村千明によるご挨拶です』
数日後、噂通り行われた副社長就任パーティー。
一流ホテルの会場には、社員達はもちろん、多くの来賓、マスコミまで押し寄せていて、彼の注目度が窺い知れた。
『ご紹介にあずかりました、有村千明です』
彼が登壇した瞬間から、女性達の大きな歓声がそこかしこから響いた。
なるほど、黄色い歓声が上がるのが肯けるほど眉目秀麗だ。
スラッとしている高身長、いかにも聡明そうなキリリとした目元、心地良いバリトンボイス。
周りの人達がうっとりとしているのが見え、早くも皆の心を掴んだオーラに圧倒される。
……とか思いつつも、正直目の前のオードブルが気になって仕方ない。
見たこともないような、まるで宝石のような色とりどりのオードブル。
斬新な食材の組み合わせで、食感や味の想像がつかない。
……いや、想像力がかき立てられる。
早く、食べたい。
『今日召し上がっていただく料理は全て、実は僕が考案しました』
その一言に思わず顔を上げる。
まさか、副社長がこのオードブルを?
『食品は人の真心そのものです。食べる人達の健康や幸せを願い、口に入れた時の笑顔を想像する。そんな会社に携われることを、とても嬉しく思います』
まさに有村フーズの理念そのものだ。
だから私もこの会社に憧れ、必死に就職活動をした。
新卒で入社できた時の喜びと満ちあふれた希望を思い出し、初心を思い出させてもらったような気持ちになる。
彼の真っ直ぐな言葉に胸を打たれ、心が震えた瞬間、なんというか、お腹も共鳴した。
____ゴォォォォォ!
静粛な会場に轟く私の腹の虫。
一瞬にして場の空気は凍りつき、冷ややかな視線が身体中に突き刺さる。
副社長は唖然として私の顔を見つめた後、しばらくして盛大に噴き出した。
もう、今すぐ消えてしまいたい。
『お待たせ致しました。そろそろ乾杯して、会食を始めましょう』
柔らかく微笑んでくれた彼に救われて、和やかなムードのまま乾杯へ。
仏のような慈悲深さを感じる副社長に心の中で土下座しながら、いよいよお待ちかねの実食タイム。
先ほど凝視していたオードブルへ、ついに手を伸ばす。
「……美味しい!」
洋梨と真鯛のカルパッチョ、恐ろしいくらいに味が調和している。
こっちの煌めくお花畑のようなゼリー寄せは、なにこれ、たくわん?食感が面白い!
なんという遊び心!
そして全て計算抜かれたような味の足し引き。
「まるで潮の満ち引きのような奥行き……舌の上でドラマが生まれていく……」
「琴美がまたどこか遠くへ行ってしまった」
「誰か連れ戻して」
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