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感動のあまり、壮大な味のスペクタクルを生み出した巨匠に向かって敬意を込めて視線を送ると、彼は多くの女性社員や来賓の方達の相手に忙しそうだった。
柔らかな物腰、誰に対しても優しい笑顔。
やはり作り手の人柄が味に繁栄されるのだと痛感した瞬間だった。
『ちょっといいですかー?突撃インタビューでーす!』
あまりの美味しさに貪り狂っていた私に、突然声をかけてきたパーティーの司会者。
面食らい絶句する私に彼は意気揚々と尋ねた。
『副社長の真心はいかがですかー?お味の感想お聞かせください!』
急にそんなことを言われても、気の利いた言葉が出てこない。
ぶっ飛んだ似非美食家みたいな文言だったら泉のように湧いてくるけど。
『あの……コリッ』
それに、まだ咀嚼中だし。
『コリッガリガリッ』
よりによってたくわんだし。
『シャクシャクシャク……』
スピーカーを通して、今度は会場いっぱいに私の咀嚼音が響き渡り、再び場が凍りついた。
顔が火を噴くように熱くなり、今度こそいたたまれない。
『……すみません。とても美味しいです』
ボソリと一言呟いて、ようやく司会者に解放された。
失笑の中、また別のインタビューが始まり胸を撫で下ろす。
「琴美、どんまい」
「面白かったよ」
「本当にすみませんでした……」
先輩達に慰められても、流石にすぐには傷が癒えない。
残念だけど、今日はもうオードブルは諦めて、まあ、そうだな、駅前でラーメンでも食べよう。
逃げるように会場を出ようとしたその時。
「……待ってください」
突然誰かに腕を強く掴まれ、息が止まりそうになる。
振り向いた瞬間に目に入った、恍惚とした眼差しに心臓が鷲掴みにされ、催眠術にかかったように身体が動かなかった。
「もう少し、聞かせてくれませんか?」
「…………はい?」
目の前にいるのは、まさかの巨匠、副社長の有村千明さんだ。
「もっと食べてる時の音聞かせてください」
「……………………」
……何故そんなうっとりと目を輝かせているの。
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