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「黙っててごめん。父に見合いをするように言われてる。いつまでも独り身じゃ幹部として見栄えが悪いと」
見るからに辟易している彼に、何て声をかけていいかわからない。
肝心なことを忘れていた愚かさに気づく。
彼は副社長だ。
付き合うには、それ相応の覚悟がいるってことに。
「……でも、ちゃんと断るから」
「有村さん……」
真っ直ぐな瞳に圧倒され、ますますなんて返事をしていいかわからない。
「大切な人がいるって、きちんと説明する」
誠実な言葉はとても嬉しいけど、それと同じくらいの不安がこみ上げる。
彼にそう言わせるだけの価値が、私にはあるのかと。
私との交際が、彼にとって不利益にならないかが怖かった。
「………………」
「琴美!?いや、プレッシャーじゃないから!今すぐどうこうってわけじゃなくて。いやどうこうしたいのは本音だけど」
黙る私に彼が狼狽えるので、慌てて微笑む。
「ありがとうございます……」
嬉しい。
私だって、まだ付き合ったばかりだけど、真剣に彼のことを愛してる。
これから少しずつ距離を縮めて、二人の時間を増やしていけたらと心底願う。
……だけど。
「そう言えば話は変わるんだけど」
私のあまりの動揺振りを察してくれたのか、有村さんは努めて明るい声を出すように言った。
「近々、本格フライドチキンの冷凍食品化に向けて動こうと思ってる」
「フライドチキンですか!」
途端に胸を躍らせる自分は本当に食い気しかないと呆れる。
それでも、彼の話は曲がりなりにも食品開発を担う自分にとってとても興味深いものだった。
「凄くいいと思います!唐揚げは山ほど冷凍食品があるけど、本格的なフライドチキンはまだそんなに出回ってないですもんね」
だんだんいつもの威勢の良さを取り戻した私を、有村さんは嬉しそうに笑った。
「その通り。一緒に開発をお願いできるかな?」
まるでプロポーズと同じくらいの幸福を感じて、勢いよく肯いた。
「ハピネスチキンのような幸せを呼ぶチキンを作ろう」
「宜しくお願いします!」
握手を交わして微笑み合う。
俄然やる気が出てきた。
なんとしても美味しい、彼の言う通り幸せを呼ぶチキンを作ってみせる。
そうすれば少しは、有村さんの傍に居られる資格を手にすることができるかもしれない。
「わっ!」
握手をしていた手を突然思いきり引かれ、そのまま彼の胸に飛び込んだ。
ギュッと抱き締められ、その熱に鼓動が速まる。
彼の胸もドキドキしていることが伝わり、心が優しく満たされていくのを感じた。
「好きだよ」
「私もです」
心を通い合わせた途端、離れるのが怖くなって、しがみつくように身体を彼に預けた。
「咀嚼音途中でしたね」
照れ隠しにそう戯ける私の唇を触って、彼は微笑んだ。
「その前に俺を食べてよ」
堂々の変態発言に、私もふっと笑う。
お互いをじっくり見つめ合った後、ゆっくりと唇を重ねた。
リップ音が耳をくすぐり、そういう気分になってしまう。
「美味しい?」
耳元で囁かれ、甘い声にぶるっと震えて肯く。
「……美味しい」
負けじと耳元で答えると、彼は真っ赤になって私の髪を優しく撫でた。
「ベッド行こ」
数時間前にたっぷり味わった熱をまだ欲しいと思ってしまうことに自分でも驚きながら、切羽詰まった顔で私を抱き上げる彼に胸が疼いた。
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