ディス・アイ

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ディス・アイ

「何処にも行かない?」 「はい…ほら、口を上げてください?」 「んっ…」 私は、彼の口にスプーンを運ぶ 彼は、それをモグモグと食べてくれた 「今日は?」 「ご飯が終わりましたら、外に出かけようかと…」 「!?」"がしゃんっ" 彼の体が驚きで飛び跳ね、腕がテーブルに当たる。 「ご主人様!」 私は咄嗟に彼の腕を庇った 「ど、どこ行くの?」 そう聞いた彼の顔は、今にも崩れそうで、蒼白だった 「1週間分の買い物を市場にしにいくだけですよ?」 ほら、落ち着いて、と彼の背中をさする 「どこにも行かないで…」 彼はそう言い、私の腕を掴んでくる 「傍に居ますから、口を開けてください?」 私は優しく微笑んだ スプーンを彼の口に運ぶ 最後の一口ですよ、と言いながら ☆ キッチンにはいり、食器をシンクへ入れる ふと、振り返ると彼が扉からこちらを覗いて睨んでいた 入るか入らまいか、そんな感じに "ぷっ" 私は思わず吹いてしまった まるで、警戒している子犬みたいな顔だった 「ご主人様。そんなところに立っていないで、こちらどうぞ?」 私はキッチンにある椅子を引く 「……!」 彼はのそのそと入ってちょこんと座った 何処までも子犬である 「今日は市場だけ?」 「えぇ、そうですね。他、行きたい場所はありますか?」 私は食器を洗いながら、後ろを振り返り聞く 「ううん、2人で家に帰ろう」 彼は、真剣な顔で言う 「わかりました」 私はひとつ返事で答え、黙々と食器を洗う ふと、腰に手が回る ぎゅぅっと背中越しに彼が抱きしめてくるのが分かる 「……」 私は何も言わず、食器から調理器具も洗った 「ずっと一緒だよ…」 彼がうわ言のような独り言を言った その光景は、普通の人が見たら異様かもしれない それでも、この光景は、 私達にとって、普通で日常で当たり前な事 変わらない、いつもの光景だ ただ、そこに私達だけの時間が過ぎていった ☆ 私は黒いワンピースから白いエプロンを外し、 ワンピースも脱ぎ、外行き用のドレスに着替える 彼は、私の着替え姿を黙って見ていた 「ご主人様…そんなに見ないでください…」 私は何度体験しても、この作業だけは慣れない 自分の顔が赤くなるのが分かる 「どうして?とても、綺麗で可愛いよ?」 彼は平然な顔で、そんなセリフを言う 「あ、ありがとうございます…ですが、やはり…」 "こんなことは…"と私は口ごもる 恥ずかしさが勝って、言葉にできなくなる 「僕にとって、君は大切な人だよ?大切な人のことは、隅々まで知っておきたいと思う」 「それは、分かりますが…」 私は、髪の毛をまとめ、ゴムで固定する 黒いリボンをつけることも忘れない 「やっぱり、その服似合ってる」 「本当ですか?ありがとうございます。ご主人様が選んでくれたドレスなので、とても嬉しいです」 私はくるっと、一回転した ふわっとロングスカートが広がる 白を基調としたドレス フリルがたっぷり使われた、可愛らしいドレスだ 胸元には十字架のアクセに黒いリボンが縫われている 私は等身大鏡で、ドレスを見つめる つい、うっとりしてしまうほどの素敵なデザイン 彼のセンスは世界一だと思う 彼は私の背後に立ち、私の首に顔を埋める "ちゅっカプッ" 「んっ、!」 彼が私の首筋にキスをし、噛み付く そこは、赤くなっていく それを、隠すかのように、黒いチョーカーをされた 皮で出来たチョーカーのひんやりとした温度が首に回る それは、まるで、僕のものと 彼が言っているようなものだった 私は、そのチョーカーを指でなぞる 彼は私を鋭い目付きで見つめた "カチャ、チャリッ" 私は、アクセサリーケースから同じものを取り出す そして、ご主人様の首に自分の唇を運んだ "ちゅっ…カプッ" その甘噛みとも言える行為 「っ!」 彼は一瞬びくっと身体を震わせた そして、彼の首にも私とお揃いのチョーカーが付けられる 私は、彼の首をなぞる 「買い物、行きましょうか。ご主人様」 私は、彼に微笑んだ ☆ 「これを5個、こっちを3個…それから…」 私は買い物リストを見ながら、 市場の野菜店主に物と数を注文する 「素敵なお召し物だねぇ、お嬢ちゃん」 通りすがりの果物店の女店主に話しかけられた 「あ、ありがとうございますっ」 「これは、いい布だ、デザインも素敵。よく似合ってるわぁ!」 これでもかってくらいに褒めてくれる 「私も若い時は、よくドレスを着てたよぉ」 おほほほ、と豪快に笑う女店主 「んな、嘘言っちゃってぇ、今じゃババアじゃないかっ」 野菜店主がすかさずつっこんだ 「まぁ!ひどい。いい?あぁゆぅ男には注意しなよぉ?裏で何やってるかもわかんない」 ヒソヒソと話してくる女店主 「そこ、聞こえてるぞ!…はい、お嬢ちゃん」 店主は、注意しながらも、注文通りの野菜が入った袋を渡してくれた 「怖いよぉアハハ。…あ、ね、お嬢ちゃん、これ貰ってくれない?見た目はアレなんだけれど、とっても甘いのよ!」 女店主は、袋に入った林檎を見せ、 私に貰ってもらってと断る暇もなく持たせてくる 「果物はとっても身体にいいんだから!美人な顔がもっと美人になるわよ、私みたいに!」 女店主は、ケラケラ笑って、じゃぁねぇと帰って行った まるで、嵐みたいな人だ ここの市場は、いつもこんな調子で賑わっている 「君は、嬉しそうだね?」 彼が下から声をかけてくる 「ん?そりゃぁ、ご主人様が選んで下さったお召し物ですもの」 私はご主人様を上から見ながらニッコリ微笑む 先程受け取った袋をカートに入れ、ソレを押し歩く タイヤがクルクルと回り出す ご主人様はソレの椅子に座りながら、ほぼ私を見ている もう少し、周りを見てもいいのに 嬉しいのだけれど…恥ずかしい 「あそこで、少し休憩しようか?」 彼は日陰当たっている建物の一角を指さす 「はい、すこし、疲れてしまいましたか?」 私は、ひとつ返事でそこまで移動し、 ソレのブレーキ棒を引く そして、荷物からお茶が入った水筒を取りだし、彼に差し出した "ごくごくっ" 「ぷはー。ありがとう」 "ごくん…" 「今日は、昼から暑くなるそうなので、ここで少し休んで戻りましょうか」 私も、1口お茶を飲み、しまう 「あぁ、そうしよう。この時間でさえ、少し汗ばむ」 彼が襟ボタンをひとつ外し、 パタパタと隙間から風を通す 時刻は昼前 午前中にやることを終わらせて、 午後は家でゆっくりしたいものだ 私は、チラッと見えた彼の肌を一瞬記憶に焼きつける 彼が、そんな私を見てるとは知らずに… ☆ 「ただいま帰りました」 「おかえり、ただいま」 「おかえりなさい」 私達は、家に一緒に帰宅しても、そんなセリフを言い合う 何事もなく、2人でこの家に帰れた、そんな確かめ合いだ "ぎっ" 彼はソレから立ち上がり、衣装部屋へ歩く 私は、ソレを折りたたみしまう そして、彼を追いかける 「今日はもう、何処にも行かないよね?」 「えぇ、予定は終わりました」 私はキッパリいう そんな私の発言に彼は安堵の顔をする 私は彼の服に手をかける そして、プチプチとボタンを外していく 上着からズボン、靴下まで服を脱がす そして、彼に部屋着を渡す 私はドレスを脱ぎ、新しい黒のワンピースに身を纏う 上から白いエプロンをし、後ろでリボンに縛る 彼は自ら着替えながらも、私のその姿をやはり見ていた 私は彼に向き直り、姿を見る 「ご主人様、失礼しますね?」 そう断り、はみ出ている彼のシャツをズボンにしまう そして、彼の首に手をかける "カチャリ" 留め具が外れ、それはだらりと下がる 彼の白く美しい首筋が開放される 私が噛み付いた痕は残ったままだ 私の首にも彼の手が伸びる "かちゃん" 外れたそれは、彼の手に渡り、箱に大切にしまわれる 「面倒だと思う?」 「えっ?」 唐突な質問に私は聞き返す 「出かけるたんびに、こんな手間」 彼は瞳を伏せた そんな彼に私はいう 「いいえ。私はちっとも思いませんよ」 私の発言に彼は心底ほっとしたような顔をする 私の首に彼は顔を埋めた ☆ 「おいしい…」 彼がいう、唇を舐めながら 「っ!くっ」 私は唇を噛んだ 私の手首からスーッと赤い液体が垂れる 5本の切り傷、そこから赤い血が垂れていた 私の腕には両腕合わせたら何本か分からないほどの傷がある 彼は、私の手首を自分の唇に運ぶ 私の血を舌で味わうように舐めとる リビングで繰り広げられる、その光景には、背筋がゾクゾクしてしまう 無論、部屋のカーテンは全部閉められ、外からこの部屋は見えない 「いたい?」 彼が聞く 「すこし…」 私は正直に答える 「いつもより、少し深く切ったからね」 彼の手にはカミソリが握られていた 「ご主人様。もうそろそろ…部屋の掃除や御洗濯物もしなくてはいけませんし」 私は彼の顔を伺いながらも、いう 「ダメ。まだ、君が足りない」 彼はカミソリを握りしめなおす 最近、少しずつ深くなっている傷口 はじめは慣らしのために力はそう強くなかった しかし、ここの所、彼は力を込めるようになった そして、この時間も長くなっている 「何処にも行かないで。傍にいて」 彼は強く言う 「もちろん…っ!」 私は微笑んだのも束の間、顔が歪む 「ダメだよ、昨晩みたいに、そっと置いていくなんて」 彼は躊躇せず私の手首にカミソリを当て引く 赤い液体がすぐさま出てきて、つーーっと手首を周り、 テーブルに小さく垂れる 「何処にも、いきませんっ…」 彼は、昨晩私がベッドから出たことを怒っていた 私はやり残した仕事を思い出し、 そっと彼を起こさないように部屋を出た それがいけなかったらしい 垂れた血液さえも残さず舐めとる彼 白い肌に筋の通った高い鼻 細長い瞳に長いまつ毛 その姿には酔いそうなくらい、整った顔だ 「洗濯も掃除も、明日でいい」 彼が言う 「っ!…しかし…」 彼に見惚れていた私は反応に遅れる 「傍にいて」 彼が、強い眼差しで見つめてくる 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳 私は、うなずくしかなかった ☆ 私達は、誰にも理解されない歪な関係だ 私は、彼の手首に刃をあてる そして、勢いよく引いた 彼の手首から、血液がタラタラと垂れる 私は、それを丁寧に舐めとる 「そんな私を見つめないでください…」 「どうして?」 じっと見つめていた彼は、ハタと聞く 「恥ずかしいです…」 私は両手で顔を隠す 「可愛い…」 彼は微笑みながら、私の片手に自分の手を絡ませる 私の手のひらと彼の手のひら 絡み合うお互いの指先 そこから、熱が伝わってくる きっと、こんなドキドキしてるのは私だけではないはず 彼との、こんな関係は今に始まったことじゃない それでも、この儀式ともいえよう事を私は慣れることが出来ない 私は恥ずかしさの余り、俯く 「顔、隠さないで…」 彼は私の顎に手をやり顔をあげさせる 交差する視線 とても熱い視線 もう、熱で溶けてもおかしくない 私はぎゅっと瞳を閉じた "ちゅ…" 唇に触れた熱いもの 余韻が唇に残る 「な、え、どう、して…」 呂律が回らない、私はプチパニックだ 今、何が、起きて…口に彼の…え? 「キス、した」 彼が澄まし顔で答える "ガタッ" 「そ、それは…わ、私達はそのようなっ」 私は勢いよく席を立った そんな私を見上げながら彼が言う 「君が、好きだよ」 そんな甘いセリフを でも、でも… 「私達は、そのような関係になってはいけないです」 「わかってるよ。主従関係だろう?」 「なら、なぜ!」 「君だけだったじゃないか、僕のそばにいてくれたのは」 彼の顔が歪む 「それは、ご主人様が望んだからで…っ」 これは、ウソだ 無論、私は自分の立場として、自分の持つ地位として、彼の思うように働いてきた それは、ずっと変わらないと思っていたし、今でもそうだ でも、私の心は彼に少なからず惹かれていただろう だから、ここまできてしまった 自分で望んで、ここまできてしまった でも、この気持ちは持ってはいけないもの… 私は、彼から視線を外した 「僕が望んだから?傍に居たくなかった??」 「ちがっ…!」 視線を上げると、酷く歪み泣きそうな瞳がそこにあった 思わず、口が止まる 「…なに?」 彼は絞り出すように、聞く 彼は、もう名もない没落貴族の生き残りだ 旦那様、奥様、基、彼の両親はもういない 生活費は私が別の所で働いていること、 彼自身も身分を伏せて、働いている おかげで、以前ほどでは無いが、 服装等にこだわれる程のものは貰っている ほぼお手伝いのような仕事なため、休日は彼の世話をする 以前の様に給料は出ない それでも、私は彼の身の回りの世話をし続けた ある時、彼は私に言った 生計は崩れ、 旦那様も奥様もお亡くなりになり、 お屋敷で働いていたものは皆出払った後… 何もかもなくなったお屋敷で彼は私に静かに言った "傍にいてほしい"と 私は、もちろんと快く引き受けた 彼の願いだった でも… 「違います。ご主人様の傍に居たいと私が思ったんです。これは嘘ではありません」 しっかり答える 「じゃぁ、僕のこと嫌いじゃない?」 彼は不安そうに聞く 「もちろんです!嫌いだなんて、そんな」 私は即座に否定する いつからか、私は彼に愛されていた 告白なんて先程のが初めてだけれど… 「よかった…これからも、傍にいてほしい」 真っ直ぐな眼差しで見つめてくる彼 「それは…その」 「主従関係を君が望むなら、今のままで構わない」 傍に居てくれたらいい、と彼が言う 私が彼を好きになるなんて、言語道断だ あってはいけないことなのだ なのに、なに? この胸の痛みは… でも…これだけはしっかり伝えなきゃ 「傍にいます、安心してください」 ハッキリ答える 彼の顔が見る見るうちに明るくなる 「だいすきだよ!」「きゃっ!」 彼が私を勢いよく、抱きしめた 「ずっと、離さない…」 「?」 彼の声はとても小さく、私の耳には届かなかった その代わり、腰に回る腕が力強くなるのが分かった 私は、彼の柔らかな髪に指を通して、優しく撫でた ☆ 僕は彼女が隣で、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていることを確認して朝を迎える 彼女の真っ黒で綺麗な艶のある髪を撫でる "ちゅっ" 小さく彼女の唇にキスをする 彼女は気づきもせず、スヤスヤと眠っている 時刻は朝3時 まだまだ、起床には早い時間だ こないだは、この時間に目が覚めたら彼女がいなくて、 驚いて部屋中を探した 彼女は書斎でやり過ごした仕事をしていただけだった その姿に心底安堵した それでも、その時、心の中に靄が広がる ズキズキと痛む、其れ 次第に膨らんでいく 僕は間違っているのだろう 彼女が何処か行くと言えば、不安になる 出かけるたんびに、彼女の首を噛みチョーカーをする 自分だけではなく、彼女にも同じことをやらせる それは、僕の安心を生むだけの行為 彼女は、どう、思っているんだろうか? 正直、僕の親はもう居ない だから、身分も何も無いと言っても過言ではない あっても、それは、以前そうであっただけ 今は関係ない話だ 彼女は、僕の身の回りを進んでしてくれる しかし、昔のように彼女に払われるものはない それは、彼女自身わかってるはずだ それでも、してくれるのは、彼女のご好意だと思っている 昔から、彼女はとても真面目でよく笑う人だった 「んっ」 僕は彼女を抱き寄せる こうして一緒に寝ることも、彼女は拒否した けれど、僕がなかなか引かなかった 彼女は、うなずいてくれた 今は、一緒に寝ることが当たり前だ 外出する時、僕は車椅子に乗り、彼女が引いてくれる 別に体のどこか不自由な訳では無い それでも、彼女は車椅子を用意して、毎回引いてくれる 僕のワガママに付き合ってくれている 過去、何度か人混みで手を繋いでいても、大勢の中では離れ離れになってしまうことがあった 買い物となると、荷物等で両手が塞がることも 傍を離れたくない僕は車椅子を希望した 車椅子なら、離れることは無いし、手を離してしまっても、彼女が離れない限り、僕はそこにいる 荷物はカートに入れればいいし、僕も少なからず持てるから買い物が楽になった 彼女の手首には無数の傷跡 すべて、僕が付けたものだ 膨らんでしまった思い、もう止められない ズキズキして、今にも破裂しそうだ 彼女を誰にも渡したくない 分かっている、間違っているかもしれない それでも、彼女は僕のものだ 彼女のすべてを奪ってしまいたい そんな危険思想 僕は彼女の抵抗できない心理を、 いいように使ったのかもしれない 従順な彼女を汚してしまったのかもしれない それでも、思いは止まってくれなかった 其れは、大きくなるばかり 僕は、彼女を大事に大切に、 壊れ物を壊さないように 優しく抱きしめて夢に落ちた ☆ 「んっんんー…ん?」 パチリと目が覚める 私は寝ぼけなまこで手首のそれを見る それは、ガムテープ 手首がぐるぐるに固定されている 「んん!?」 咄嗟に彼をみる 「おはよう」 ニコリと微笑む彼 「お、おはようございます…これは?」 「ごめんね、君があんまりにも可愛い寝顔だったから縛っちゃった」 彼からのトンデモ発言 「外してくださいませんか??」 これでは、仕事が出来ない 生活も困ってしまう しかし… 「だめ♡」 彼の甘い口から甘い口調の甘くない発言 「こ、困ります…」 「朝ごはんは遅れていいから、今日も仕事お休みだろう?」 彼の手が私の乱れた髪を撫でる 「仕事はお休みですが…」 「僕もお休みなんだ。2日連続で休みが合うなんてそうないよ?今日はゆっくり休もう??」 ね?と、彼がいう 「…ですが、それでもこちらは外してくださっ、きゃっ!んんっ!?」 彼は私の上に乗り、私の開いた唇を無理やり塞いだ 「だめ、っていってるでしょ?」 低い声でいう、彼の瞳は少し怒っているように見えた 「……は、い」 私は萎縮してしまう "ちゅ…" そんな私に、彼はまたキスする 今度は優しく抱きしめて そのまま深い夢の中のような感覚に襲われる ☆ 僕は彼女の首を舐めて噛む 彼女が時々声を上げる 夢中になると強く噛んでしまうからだ きっと、制御しないと彼女をぐちゃぐちゃにしてしまう 「すんっ、はっ…んんっん…ぐすっ」 彼女の声に混じるすすり声 「泣いてるの??」 ふっと、僕は首から顔をあげる そこには、頬を涙で汚す彼女がいた 「……」 「ご、しゅじんさま??」 「…っ」 僕は汚い人間だ 彼女の泣いてる顔すら可愛いと思ってしまったから 離したくない、彼女をぐちゃぐちゃにしてしまいたい こんな感情はおかしい、わかってはいる でも、頭が追いつかない 「泣いてる君に見惚れていた」 「そ、そんな…」 彼女は、顔を赤くする あぁ、可愛い とても、すごく、たまらなく可愛い 「ホントだよ。ごめんね、止まらない…」 「えっ、それは、どういう意味……っ!!いっ!ごしゅっっ!」 僕は彼女の首を強く強く噛んだ 口の中に少しだけ、じわりと血の味が広がる とても、美味しい味 蜜のような匂いが微かにする 「ご主人様っ!…んんっ!」 彼女の叫び声を塞ぐ 深く深く、息が出来ないくらい 「ぷはっはぁはぁ…ご主人様?」 彼女は、もう、わけも分からないという顔をしている 僕にだって分からない ただ、彼女を縛っておきたい衝動に駆られた それは、止まらない 自分のものにしてしまいたい、この気持ちに支配されている僕 抑えられない、だって、彼女はこんなに可愛い 彼女を手放すなど、無理だ 彼女は、僕がなにしても拒否らない それは、僕が"ご主人様"だから? 僕は彼女が好きだ 愛していると言っていいかもしれない これを愛と呼んでいいかは分からないけど 仕事が忙しく、両親は遊ぶことも勉強を教えてくれることも無かった 僕は、いつも寂しいと泣いていた気がする それは、今でも変わらないかもしれない 家族がバラバラになった時、僕は彼女と2人きりになった 僕が幼い頃、僕の見習い専属メイドとなった彼女 歳が近かった僕達は、すぐ打ち解けた 彼女が何時だか仕事で怪我をしてしまった 近くにいた僕は咄嗟に彼女の血を舐めた 小さな切り傷、大した怪我ではなかったけれど、僕は心配した 子供だったから、怪我の大小なんて分からなかったし、彼女のことが純粋に大好きだった僕は酷く心配になった そんな風に育った僕… 次第に、僕は、彼女がずっと隣に居てくれたら、なんて夢を描いていた お願い、離れないで… 僕は彼女を抱きしめる ぎゅっと、強く強く抱きしめた 「僕のこと、こわくない??」 僕は上擦った声で聞く 「全然、怖くありませんよ??」 彼女はいつも通り、優しく微笑む ハッキリとした、彼女の気持ち 昔から、彼女はそうだった 僕の不安を解く 優しく、抱きしめるように、鎮めてくれる けして、僕を拒否らないのだ 僕はもう一度彼女の首を舐めて噛んだ 優しく、強く、思い切り 「っっ!!!」 彼女の悲鳴にもならないような、我慢した声が聞こえた 僕は無我夢中に彼女を噛んだ そんな僕を、彼女は、優しく、強く、思い切り抱きしめた あの時、舐めた血の味と全く同じ味が口に広がった ☆ 首筋が痛い…酷くジンジンする 私の頬は涙で渇ききっている ただ、呆然と天井を見上げる 何が起きたのか?? よく、分からない 其れは、なんだったのか…ただ、嫌ではなかった其れ 彼は隣で眠っている 私は、ベットから身体をあげる もう、手首のテープは取れていた 私は彼の寝顔を眺める そっと、ゆっくり彼の髪を撫でる 頬が濡れている 泣いてたんだろう… 彼の唇は少し赤くなっている 首に手をやる 赤い血液、私の血 その塊が薄く手につく もう、ほとんど乾いているようだ 「シーツ、洗わなきゃ…」 独り言 彼は起きない "こんなの間違ってる" 誰かに、この事を言ったら、即座にそう言われるだろう 何となくわかる、歪だ、これをなんと呼べばいいのか? でも、でも… いや、じゃなかった 手首を切られるより酷かったのに、 暴れたいほど痛かったのに、 でも、『嫌』という感情は一切なかった 受け止めたいとさえ思った 彼を愛おしいと思った自分は、多分狂ってるんだろう こわくない??と聞いてきた、彼の顔が脳裏に浮かぶ 酷く怯えているような、捨てられてしまった子犬のような顔 それを、怖いなんて、思えない 私は…彼が好きなんだ 主従関係なのに…こんなことをされても、それを愛おしいと思えてしまうくらいに 手首をなぞる ゾクゾクしてる自分がいた ☆ 「ご主人様、起きてください」 彼の身体を揺さぶる スヤスヤと可愛い寝顔 このまま眺めていたいぐらいだ でも、流石にもう起こさなければ 壁かけ時計が11時を指しそうだ 今日の予定は、特にないが、昼夜逆転されても困る 「ご主人様…もう、お昼なってしまいますよ」 もう一度、彼の身体を揺さぶる 「んっ、んん…もう、おひるぅ?」 彼がモゾモゾと起き上がる 「おはようございます、ご主人様。もう少しで11時でございます」 「おはよう…んん…おきる…」 いけない、また、寝てしまいそうだ …… "ちゅっ" 「…」 「…」 「…目覚めましたか??」 「今、何が起きて…」 固まっている彼に答える 「私が、ご主人様のほっぺに、き、キス、を…」 恥ずかしくて、噛み噛みになってしまった 「君からキスをしてくれた事は今まであった??」 「いえ、首以外はじめてです…」 彼の顔が呆然から驚きに変わり、更に喜びに満ちたような顔に変わる 以前から感情豊かな彼ではあったが、ここまで変わる事はあっただろうか?? 「きゃぁ!」 ふっと重力が消え、私はベッドに押し倒される 「うれしい…」 彼が私を見下ろしながら言う 「ふふっ、さぁ、起きてお昼ご飯を食べましょう?」 私は彼に微笑んだ ☆ その日は、ずっと一緒にいた 彼が、発作かな?というほどに、傍を離れないでというものだから まぁ、彼の愛を、自分の気持ちも受け入れた日である 今日くらい、あと半日で終わる今日くらいいいだろうと思った でも、問題はここからだった ☆ 「んっくっ、……!…!っ!」 視界が歪む、涙と目を苦し細めて視界がぐにゃりと曲がる 彼が、私を見下ろしていた その顔は、恍惚としている 視界が真っ白になる、彼の顔がよく見えない…あれ? 「…!……!っはっ!!!ゲホゲホッはぁはぁ…ご、ご主人様…」 「ごめん、僕はおかしい、止まらない…」 これは、多分発作だ 首をぎゅっと絞められた 流石に苦しかった、でも、やっぱり嫌なんてことは無い ふと、ソレに目が止まる 私はソレを手に取り、彼に差し出す 「?」 彼は、よく分からないという顔で、ソレを受け取る 「いつも通り、してください」 彼の目が一瞬見開いた 「…い、いいの?君からなんて」 「大丈夫ですから」 私は手首を出す 「じゃぁ…」 彼はソレを手首にあて引く 私の血がポタポタとシーツを染める 私は、背中にゾクゾクする感覚を見逃さなかった 「貸してください」 私は、彼にそう言い、ソレを取る そして、彼の手首にあて引く 彼の血がポタポタと流れてきて、 私の血と混ざるようにシーツを染めた そして、私の手首と彼の手首を合わせ擦った 私と彼の血が混ざり合う きっと、私はおかしいんだ、何となくわかる でも、いいんだ 「ねぇ」 彼が徐に声を上げる 「本当は、チョーカーのこと、気に入ってくれてる??」 「えっ」 唐突にそんなことを言われても、分からない 返答に困っていると、更に彼は言った 「噛みたい??」 彼はシャツの襟をグイッと下げ、首筋を見せる 彼の綺麗な首筋 チョーカーの時に付けた痕はもうない "ゴクリ…" 唾を飲む私 「好きな時に噛んでよ」 彼がそう言った 「あ、あ…」 彼を徐に押し倒す 「い、いのですか?」 私は弱々しく聞く 「うん、君にならいくらでも」 彼はニコッと微笑んだ 私は、その綺麗な首筋に歯を立てた ☆ 彼女が僕の首筋に自ら顔を埋めた 彼女が自らカミソリを取ったのも驚きだ 僕の血と彼女の血は混ざり合った 背中がゾクゾクした 胸の中の靄がさぁぁっと消えていく感覚 でも、より一層彼女を手放せなくなった 「…んっ!!」 僕は声を上げる 彼女は、ハッと顔を上げる 「ご、ごめんなさい…加減がまだ分からなくて…」 オロオロと半泣きのような顔 「大丈夫、いいよ、好きにして」 僕は彼女の頭を撫でる 「は、はい…」 彼女は、また顔を埋める 不慣れな舐め方、でも、一生懸命、そして優しく噛む 「ねぇ、首…ずっと惹かれてたんだよね?」 僕はふと気になっていたことを言う 「え?」 彼女は、少し顔を上げ、下から覗くように見る 可愛すぎる…反則だ 「……いや、だって、時折、僕の首見てたでしょう?」 「えっ、いや、そんなっ、えと…それは、そのっ」 彼女は顔を真っ赤にしてアタフタ 見てたから知ってる 街に出た時見ていたことも、 チョーカーをつける時必ず指でなぞることも、 彼女は無自覚かもしれないけれど、惹かれていたことに 「可愛い…」 慌てる彼女を僕は胸に受け止める ぎゅっと抱きしめた 「……すき、です」 「えっ」 僕は咄嗟に彼女を見ようと、離そうとする 「離さないで!」 彼女は叫ぶ 「おね、がい、します…今、顔が、真っ赤だ、から…」 彼女はたどたどしく言う そんなこと言われたら、逆に見たくなるってのが人間の性だ 僕は"やー!"という、彼女を離し、見る 彼女の顔は夕日かな?というぐらい、赤面していた 手首と首筋がキリキリする はじめての、"すき" 彼女の顔は真っ赤 あぁ、もう、すべてが愛おしい 僕達の恋は歪だろう きっと、誰も理解なんてできない そんなの、僕達だけが知ってればいい それでいい、2人だけの世界で愛を作る ☆ 「っ!!」 彼が私の首筋を噛む 認めてしまった感情 この、いけない感情 私は、汚れているのかもしれない でも、それでも、私は彼のことを離す事ができない 私は、ご主人様に、彼にいけない感情を抱いた でも、それは、それは… 「…私は、貴方がご主人様だから、従順なわけではありません」 彼は、私の首から頭をあげ見る 私と彼の視線が絡み合う 「も、もちろん、メイドとして誇りやプライドはあります。ですが、私は、貴方を御守りしたいのです。初めてあったあの日からずっと、貴方に忠誠を誓ったあの日からずっと、傍にいると誓ったあの日からずっと…私には貴方しかいないのです」 ☆ 『忠誠書! 私、アイはデイス様に忠誠を誓う 主人の元を離れず、メイドとして身の回りの事をし、主人に常に気を配ること! メイド協会より申請、 デイス様の専属メイドとなることを認め、ここに記す!』 それは、私が、彼の本当の専属メイドになる事が決まった日、彼の目の前で読んだ、公として認められた忠誠書の内容だった 私は、この日から彼の傍を片時も離れることはなくなった ☆ 「私は貴方自身に誓ったのです、デイス様…私は貴方がご主人様でなくとも、ずっと傍にお仕えします」 彼をじっと見つめる 「ア、イ…」 彼が、私の名を呼ぶ 「なんでしょうか??」 「僕の傍にいて…」 彼は、私を強く抱きしめる 「私、アイはデイス様の傍にいることを、ここにもう一度、誓いますっ!」 私は強く強く抱き締め返した ☆ 少女と同い年くらいの小さな男の子が木の柱に隠れ、こちらを睨んでいる 警戒している子犬みたいな、そんな顔だ 少女は、彼にこう言った 「デイス様、そんなところに立ってないで、こちらへどうぞ?ちっとも怖くありませんよ!」 ニッコリ微笑むと、彼は一瞬驚いたような顔をして、ノソノソっとでてきて、少女の隣に並ぶ そして、聞こえるか聞こえないくらいの声で言ったのだ 「僕の、友達になってくれる?」 って
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