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強まった雨が烈しく窓を叩き、巻き上がった風が、何かをひっくり返したのだろう、大きな音を発てながら、通りを転がって行ったようだ。
咄嗟に其方へ振ってしまった顔を、慌てて戻した白露は、鼻を啜り上げると、
「女将さん、有難うございます」
板の間へ両手を揃えて置き、深々と朝霧に頭を下げた。
白露がこの濤声楼に来たのは、五つの頃、南側の隣国、ベルリーザの国王に見初められ、身請けされて行った、南天と言う元徒花が産んだ子どもだ。
そのまま、王族の嫡子として、迎えられることが無かったのは、白露が哀れな不具者だったから──
我が子可愛さに、南天は手放すことを拒み、城を出て暮らす元乳母の家へ預け、五年もの間、隠して育てていたのだが、南天が流行り病で命を落とし、持て余した元乳母が、この濤声楼に連れて来た。
「器量は申し分無いんだけどねぇ……その身体じゃ徒花としては、商品にならないものね──」
呟いた朝霧は、華奢な身体を薄衣に包み、床を拝んだ白露を静かに瞶めた。
息を飲むほどに白い肌は、少しの翳りも無くしっとりと輝き、ため息が漏れるほどの美しさだ。癖の無い、艶やかな金髪を束ねて結い上げ、小さな愛らしい顔を、殊更に可愛らしく人形のように印象付ける。
容姿は母親の南天譲りに、小柄で愛くるしく、徒花らしからぬ気品も感じさせた。その貌を更に印象深くするのは、左右非対称な大きな瞳で、左は菖蒲色と呼ばれる趣き深い赤紫、右側は明るく美しい常盤緑と、まるで綺麗な宝石を選んでそこに置いたようだった。
年はまだ少女と言った若さだが、その何処か謎めく、妖艶な美貌はこの濤声楼の徒花として、看板を張れるに充分な艶振りだった。男とも女ともつかない、哀れな身体でなければ……だ。
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