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琥綱 諒
十年務めた大学病院を退職し、旧友の誘いでこの美しい水の都、ニーベルクへ招かれ、総合病院の内科医として穏やかに、何よりも気ままに暮らす、琥綱 諒は、週半ばの夕刻、来客の知らせを受け、総合受付へ呼ばれた。
ナースステーションを横切り、待合ロビーを見越すと、スーツ姿に見覚えの有る長身の男、恩塚 武尊が、スラリ──と佇んでいた。
数メートル離れた場所から、諒が明るく声を投げると、直ぐ様気付き、振り向いた男は、海外旅行者らしく、大きな荷物を携えていた。
母国で別れ、五年振りに顔を合わせた腐れ縁の旧友は、持ち前の華やかさは漂わせるも、随分痩せて、小さくなってしまったようで、再開の挨拶は交わしたものの、諒は、思わず視線を遠くへ流してしまった。視線を外された理由を、自ら察した武尊は、寂しく愛想笑いを浮かべ、
「琥綱医師は、相変わらずの色男振りだな」
白衣の胸元を、人差し指でトントン叩き、隠された肉体美を、ニヤニヤ笑いで冷やかした。
「お前さんは男っぷりが台無しだな──何キロ落ちた?」
武尊が転がしていた、大きなキャリーケースを気に掛け、『こっちには何時までいるんだ?』と、諒は尋ねた。
瘦せたと指摘されたことに、嗤いながら首を振り、『ひと月くらい』と滞在期間を伝えた武尊は、
「日本は、庸子が煩くて堪らない」
再婚を斡旋したがる、姉から逃げて来たのだと説明をした。
「もう、二年になるのか……奥方が逝って──再婚は? しないのか?」
諒の言葉を受け、途端に煙たそうな瞬きを見せた武尊は、首を振って嘲った。
「クラウディアと見た、この国の景色が恋しくなってさ」
ポロリ──と溢した、武尊の憂愁を感じ取ったか、
「あぁ……今が一番、ニーヴェルクが美しい季節だ」
揶揄うことはせず、諒は明るい笑顔で頷いた。
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