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多くの人々が行き交う病院ロビーを抜け、タクシー乗り場へ武尊を送った別れ際、
「お前、少しは女遊びくらいしろ。折角異国へ来たんだ──」
諒は軽くウインクを見せ、この国の観光名所として、旅行ガイドでも有名な『日本街』の名を口にしながら、武尊の手へ金色に輝くカードを押し付けた。
「日本語が通じて安全に遊べる。勿論秘密厳守で──女将はバケモノみたいな容貌だが、娼娘は皆んなべっぴん揃いだ」
常連なんだろう諒は、贔屓の娼娘を語りだした。
「いや──いい。必要ない」
武尊がカードを押し返そうとするも、
「覗くだけでも行ってみろって、話し相手と考えりゃ良い。気晴らしになるぜ」
引っ込めることはせず、受け取らせると、
「落ち着いたら連絡してくれ、一杯やろうや」
踵を返した諒は、振り向くこと無く、背中を向けたまま手を振って見せた。
遠去かる後ろ姿を見送った武尊は、キラ──と輝くカードを瞶め、紅い文字で書かれた、三文字の漢字へ目を当てた。
「濤声楼?」
ローマ字の振り仮名頼りに声に出した時、短いクラクションと共に、空車のタクシーが回って来た。
タクシーに乗り込み、シートに身体を沈埋た武尊は、悪路に身を揺すられながら、視線だけを動かして、車窓から空を見上げた。ニーヴェルクの空は黄昏色に霞み、今にも泣き出しそうに鈍暗と、まるで、この男の心内を映し出すように暗く翳っていた──
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