琥綱 諒

2/2
72人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
 多くの人々が行き交う病院ロビーを抜け、タクシー乗り場へ武尊(たける)を送った別れ際、   「お前、少しは女遊びくらいしろ。折角異国へ来たんだ──」  (りょう)は軽くウインクを見せ、この国の観光名所として、旅行ガイドでも有名な『日本街』の名を口にしながら、武尊の手へ金色に輝くカードを押し付けた。   「日本語が通じて安全に遊べる。勿論秘密厳守で──女将はバケモノみたいな容貌だが、娼娘(おんな)は皆んなべっぴん揃いだ」  常連なんだろう諒は、贔屓の娼娘を語りだした。   「いや──いい。必要ない」  武尊がカードを押し返そうとするも、   「覗くだけでも行ってみろって、話し相手と考えりゃ良い。気晴らしになるぜ」  引っ込めることはせず、受け取らせると、   「落ち着いたら連絡してくれ、一杯やろうや」  踵を返した諒は、振り向くこと無く、背中を向けたまま手を振って見せた。    遠去かる後ろ姿を見送った武尊は、キラ──と輝くカードを瞶め、紅い文字で書かれた、三文字の漢字へ目を当てた。   「濤声楼(とうせいろう)?」  ローマ字の振り仮名頼りに声に出した時、短いクラクションと共に、空車のタクシーが回って来た。    タクシーに乗り込み、シートに身体を沈埋(しずめ)た武尊は、悪路に身を揺すられながら、視線だけを動かして、車窓から空を見上げた。ニーヴェルクの空は黄昏色に霞み、今にも泣き出しそうに鈍暗(どんより)と、まるで、この男の心内を映し出すように暗く翳っていた──
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!