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箱崎 徹
タクシーが目的地へ到着すると、運転手は、覚醒を促す呼び掛けを武尊に向けた。ひと時の眠りに堕ちていた武尊は、飛び起きざまに身構え、鋭い眼光を向けられた運転手は、驚いて顔を振り眉間を曇らせた。
状況を把握した武尊は、英語で謝罪を向け、二十分ほど待っていて欲しいと、荷物をそのままに車を降り、宵闇迫り、すっかり静まり返った裏通りを足早に通り抜け、一軒の雑居ビルへ入った。
細い階段を二階まで上がると、真っ赤に塗られたドアの前に立った。ゆっくりとノックをすると、ドアの向こうに気配が立ち、ドアスコープを覗いて確認したのだろう、僅かな間の後、静かにドアが開いた。
部屋の中からは、ゆったりとしたジャズの曲と、噎せ返るような煙草の煙、男女が歓談する声が流れて来る──
ドアを開けたボーイに従い、武尊は奥まったボックス席へ案内されると、複数の美女を侍らせ、深くソファーへ沈んだ男が、満面の笑みで迎えた。
整った美しい顔立ちだが、何処か退廃を纏ったような、妖し気な雰囲気の日本人男性だった。酒を満たしたグラスを掲げて、向かい側の椅子へ武尊を座らせると、隣の女が『誰か?』と尋ねたのだろう、『アシュラ』と武尊を紹介した。
男を囲んだ女どもは、理解したでも無いのだろう、微妙な表情を美貌へ浮かべたが、言葉少なに男が人払いすると、一様に艶めいた微笑みを浮かべ、殊更に腰を曲らせ、武尊の脇をすり抜けて行った。
「何時こっちに?」
男は、美女が退いた隣のソファーへ来いと武尊を呼ぶと、『ウイスキーで良いか?』と酒を薦めた。頷きながら『今日来たばかりだ』と説明すると、気を良くした風に笑顔を見せた。
男の名は箱崎 徹、訳あって日本に暮らせない裏社会の住人だ。
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