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一時間にも及ぶ服選びに、嫌な素振りの一つも見せず、付き合ってくれたクリスへ、感謝を伝えた武尊は、洋品店を出た所で、白露に紙袋を手渡し、クリスへ渡すよう耳打ちをした。
「クリスさん、色々有難うございました」
丁寧な動作で、紙袋を差し出した白露に、クリスは驚き『私に?』と、紙袋の中を見た。そこに試着した紅藤色のワンピースを見ると、クリスの目は、驚きに一層瞠かれた。
「こんなに高価なワンピース、私、貰えない──」
激しく首を振り、白露の手に紙袋を返すと、クリスの手はそっと武尊に抑えられた。
「どうか、貰って欲しい。そして、今日のことを……これのことを、忘れないで遣って下さい」
白露の肩を抱いた武尊は、クリスの瞳を真っ直ぐ瞶つめ、ゆっくりと頷いた。
眉間の困惑を解き、武尊の瞳に頷き返したクリスは、深く頭を下げて礼を述べると、
「忘れません、お二人のこと、絶対に。そして祈ります、終わりの無い幸せを」
薄っすらと涙を浮かべた瞳は、幸せそうに寄り添う二人を映して煌めいた。
クリスの協力で、服だけでは無く、靴やバッグ、装飾品まで一通り揃い、濤声楼へ戻ると、待ち構えていた朝霧が、武尊を呼んだ。
「これ──大切なもんだから、旦那さんがしっかり管理しておくれよ」
武尊の手の中へ、瀟洒な紋様が刻印された、白いカードを握らせた。これは何かと武尊が尋ねる前に、『白露のIDだよ』と告げられた。朝霧の言うIDは、単なる身分証明では無く、日本で言う戸籍謄本だ。
「そこに、全ての情報が入ってるよ」
カードの電子チップに、白露の全てが入力されていると聞き、武尊が記された名前を声に出して読み上げた。
「ルナ・ド・ベルリーザ? ベルリーザ……って──」
その名が、ニーベルクから見て南側の大国、ベルリーザだと知り、武尊は驚愕した。
「ベルリーザ王第四夫人の子で、王族だよ、白露は──本来なら、あたしや旦那さんが、声なんか掛けられないお姫様? ……王子様だよ」
只々驚く武尊に、声を発てて朝霧は笑った。
「王位継承権を放棄する約束で、認知させて、大至急そのIDを申請させたんだよ」
朝霧が『三日くれ』と言ったのは、こう言うことだったかと、武尊は手の中のカードを握り締めた。
「あたしの──女将としての、最後の勤めさ。だから……」
言葉を切った朝霧が声を詰まらせ、武尊が目を向けると、朝霧は慌てて顔を背向けた。
「よろしく頼んだよ。……用が無いなら、もう行っとくれよ」
背中を向けて、立ち上がった朝霧の頬に、光る涙を見た武尊は、声を掛けることはせず、静かに頭を下げて、二階で待つ白露の元へ向かった。
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