涼をもとめて

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 団扇であおいでも一向に風が来ない。壊れているのかと団扇に目をやると、地紙に描かれた柳が揺れていた。どうやらあおいだ風は、絵の中に吹いているらしい。いろいろなあおぎ方を試していると、柳のそばに灰色の墨を流したような染みが現れた。その染みは徐々に広がり、立っている人のような形になった。気にせずあおぎ続けていると、柳と一緒に人の形も揺れる。涼んでいるのかなと思って、少し強めにあおいでみた。絵の中に突風が巻き起こる。その勢いに耐えられなかったのか、人の形は墨が水に溶けるように消えてしまった。次の瞬間、真っ黒な墨で描かれた憤怒の形相が、団扇いっぱいに広がった。思わず団扇を放り投げる。ああ、肝が冷えた。
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