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ぽとぽと。ぽとぽと。
ポップコーンが、フライパンの中で弾けるような音がする。
――今日も、来るかな。
大槻一静はもう一つグラスを取り出し、麦茶を注ぐ。先ほど空にしたグラスも満たして、窓の外を眺める。緩やかに波打つ、くすんだ黄緑色のトタン屋根があった。
ぽとぽと。ぽとぽと。数分も経たずに、ボタボタ、と簡単に音色を変えた。
ふわふわと軽い足取りで玄関に向かい、二つのグラスを乗せたお盆を床に置いて、自らも横たわる。長い黒髪が頬に張り付く不快感をも受け入れて、一静は無数の雨音に耳を澄ます。
ふいに、ドア窓の向こうに人影が現れ、警報音に似たブザーが鳴り響いた。
「やっほー、今日もじみーに暑かったね」
薄暗い視界にふわりと浮かび上がった呑気な顔を、一静は無表情に眺める。
「もう、また玄関なんかで寝転んでぇ。寝るならちゃんとベッドで寝なさい」
「……」
「あ、今、お節介とか思った?」
目の前で頬を膨らませる若い女性に、一静は正直に首を振る。疑るような視線を無視して、元気だと思ったくらい、と口の中で呟いて起き上がる。
「ん~、うんまいねぇ。さっすが、一静が作った麦茶だね」
若い女性の手にあるグラスの中身は、既に三分の一になっている。自由な姿を横目に、一静はちびりと口をつける。冷蔵庫でよく冷えた、よくある、ごく普通の麦茶だ。
「いやぁ、生きかえるねぇ! ってもう死んでるけど」
ガハハハッと豪快に笑う若い女性の口角を見つめてから、一静はそっと目を閉じた。
***
四日前、梅雨入りしたばかりのこと。片道一時間は掛かる学校の帰り道、電車から降りた一静は、何も考えず目的もなく歩いた。真っ直ぐ家に帰りたくなかった。それだけだった。
曇り空の下、じめじめと張り付く空気を無視し、一静は歩き続けた。
ふと、頬を打つものがあった。目を上げると、今度は瞼にぬるいものが触れた。
雨が降ってきた。そう認識し、視線を戻した先に、空よりも暗く深い灰色の墓があった。驚いた一静だったが、その場から動かなかった。
やがてザァザァと激しくなり、固い雨粒が容赦なく一静の身体にぶつかる。
「あぁもう、風邪引いちゃうよ」
突然、呆れたような声が一静の鼓膜を揺らした。振り向いた先に、若い女性がいた。今年十六歳になる一静より大人びた空気を纏っているが、それでも二十歳くらいだろうかか。下手したら二十歳未満かもしれない。
静かな瞳で見据える一静の視線に気付いた若い女性は、元々大きな目を見開いた。
「もしかして、視えてる?」
コクリと頷くと、若い女性は両手で顔を覆いながらも、「傘を差しなさい」とどこか震える声で呟いた。
***
雨音の中で出会った若い女性の幽霊、静空は、それから雨の降る日に、今は一静が一人で住む家に訪ねてくるようになった。
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