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「風邪ひかないんだよぉ~」
ひんやりとしたものが突然額に触れ、びっくりして一静は目を開ける。けれど心地良い感覚に、静空の手の上に手を重ねて額に押し付ける。
「いいの」
「いいのって?」
「看病してくる人がいる」
「えっ、誰? そんなお付き合いの人がいたの? いつの間に? 今度、紹介して!」
驚いて、焦り、同時に嬉しそうな色を映す表情豊かな顔を見て、僅かに一静の頬が緩んだ。一静は首を横に振る。
「静空」
瞬間、一静の見つめる瞳の奥が揺れ、笑顔の似合う顔に翳が射す。静空、と問い掛けようとした声は喉に張り付いて、言葉にならない。
そのうち静空の手がすり抜けて、一静の左頬を抓った。ぐいっと、もう一方の手で右の頬も引っ張る。
「うちは一静の使用人じゃありません」
わざとらしく頬を膨らませて、中身のないグラスを一静の手に押し付ける。
「おかわり」
じっと見つめる一静の視線から逃げるように、小さな声で強請る。
時折見せる、幼い子どもが拗ねたような、あるいは迷子のような弱々しい横顔に、一静は何と言ったらいいのか分からず、無言で立ち上がった。
玄関に戻った時にはもう、静空は姿を消していた。
ただ小さな雨音だけが続いていた。
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