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清らかな歌声と爽やかな波の音、弱まっていく雨の音に沈んでいた一静の耳に、ふいに静空の声が触れた。
「え?」
「どっかに遊びに行かないの?」
お互いに、片耳にイヤホンを差したまま問いを投げる。迷った末、一静はそのまま口を開く。
「友達いないから」
「それだけ?」
友達を作りなよ、とは静空は言わない。友達がいないことを、一人でいることを、駄目とは言わない。だから一静は、珍しく踏み込んだ静空の問いに答えようと思った。
グラスをローテーブルの上に逃して、静空の肩に頭を凭れる。ぐに、とイヤピースが歪んだ。
「家がいい」
強張った自分の声に緊張していることに気付いて、一静は小さく息を吐く。家がいいと、そう答えることは、今の一静にとって苦労することだった。
「家が落ち着く場所なの?」
うん、と答えることは難しく、ただ目を瞑る。静空にとって、家は落ち着かない場所だったのだろうと、頭の片隅で思う。
「温かい人達に育ててもらったんだね」
何も答えられず、一静は静空の肩に頭をぐりぐり押し付ける。心音のない、けれど不思議と安らぐ人に、幽霊に縋る。
「ずっと、このままがいい」
「え?」
「この時間が続けばいい」
晴れの日もいて、と続ける。静空のそばにいると、不思議な懐かしさを感じて、心が安らぐ。
お願い、と手探りで静空の手を握ろうとした手が空気を掴んで、ぐらりと身体が傾いた。思わず目を開けた瞬間、勢いよく肩を床にぶつける。
「だめ」
鈍い痛みに顔を顰めながら見上げた先に、泣きそうな顔をした静空を見つけた。
「絶対にだめ」
拒絶の言葉を落として、静空は部屋を飛び出した。追い掛けるために身体を起こした一静の目に、柔らかい光がぶつかる。
一静は力なくしゃがみ込んで、両手で自分の身体を抱きしめた。
灰色の雲は消え去り、雨音が止んでいた。
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