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 叫び声が響いたかと思うと、男が冷蔵庫の方に勢いよく飛んでいった。すり抜けることなく、冷蔵庫にぶつかってその場に崩れ落ちる。  男が意識を失うと同時に、今度は突然壁をすり抜けてきた数人が、多分幽霊達が協力して男を持ち上げる。    そのうちの一人が、一静の背後を見やった。 「こいつはあたし達に任せな。あんたは、その子とちゃんと話をするんだよ」  追い掛けるように振り返った一静の目に、苦いものを食べたような顔をする静空が映る。 「うん。ありがとうね」  困ったように、しかし嬉しそうに笑いながら静空が手を振る。ふわりと幽霊達が消え去ると、静空は手を振るのを止めて、一静に目を向けた。それから、柔らかく微笑んだ。  桃色の唇が薄らと開いていくのが見えて、一静は咄嗟に自らのお腹を押した。 「どうして雨の日にしか会えないの?」 「雨音の中で出会ったから、雨の音がする時間だけって決めたの」  どうして、と思う。けれど、それを言葉にするのを止めた。ただ、覚悟を決めた。 「さよなら、なの?」  声が震えていた。お腹の前で両手を握り締めて、一静は震えと慣れない感情を誤魔化そうとする。 「うん」  一静の手を取って、まるで温めるように両手で包む。一静がどんなに強く掴んでも、一静と同じ熱を持つことのない手のままだ。 「さよならを伝えに来たの?」 「それと、ね」  揺るがない強い意志を持った瞳で、優しい眼差しで一静を見つめる。  その眼差しを、一静はどこかで見た覚えがあるような気がした。懐かしい、と感じた。 「うちが言っても、って思うかもしれないけど」  自信なさげに、困ったように笑う。しかし、懐かしい眼差しは変わらない。 「思わない」 「え?」 「静空の言うことは、きっと私のためだから。押し付け、なんかじゃないから。私は、嫌じゃないから」 「……」 「だから、聞きたい」  さよならをすることは、本当は嫌だ。それでも本音を口にすると静空が悲しい顔をすることを、一静は知っていた。  何かを堪えるように静空は唇を噛んで、それから小さな両手を伸ばして、一静を抱きしめた。一静は不思議と懐かしい温もりを覚える。 「大丈夫。一静をこんなに優しい子に育ててくれたんだから」  一静は、耳を澄ませる。雨粒ではない何かが、一静の頬を滑り落ちる。 「ご家族と仲良くね」  こくりと頷くと、静空は頭を撫でて、そっと身体を離した。そして音もなく、台所を出ていった。  一静は振り返らずに、緩やかに波打つ、くすんだ黄緑色のトタン屋根を眺めた。  ぽとぽと。ぽとぽと。弱々しい雨音を、この音が止むまで、と耳を澄ます。  小さな雨音に重なって、幸せでいてね、と声が聞こえたような気がした。
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