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「誕生日おめでとう!!」
約束どおり、21時ちょうどにかかってきた電話は、繋がったとたんの瑛太からのおめでとうコール。
「ありがとう、時間ぴったり」
言いながらスマホを見るとビデオ通話ではなかった。少しがっかりした。
「帰ったとこ?」
「ううん、もうお風呂入ったよ」
答えながら耳に当てたスマホから、パラパラと音が聞こえる。そして歩いているような息遣い。傘に雨粒があたっているの?
「瑛太、外? 歩いてる?」
「うん、駅から歩いてるとこ」
息遣いが早くなっている気がする。
「部屋に帰ってからでよかったのに」
帰ってからビデオ通話の方がよかったのに――自分の言った言葉にそんな隠れた意味が含まれてしまった気がした。
毎日の電話が無くなったのは、月に一度の帰阪がなくなったのは、やっぱり淋しかったし、本当はこうして離れて生活しなければいけないのも淋しい。
「自分たちの生活」――そう言った橘先輩の声を思い出していた。
「21時に電話するって約束したしな」
そう言った瑛太の声のうしろで、傘にあたる雨音がバラバラと大きくなっている。
「雨だよね? 音」
「おう、結構降ってるぞ」
彼の声を聞いて、ベランダのカーテンを少し開けた。さっきよりも雨はひどくなっている。大き目の粒の雨がベランダに降りこんできている。
「こっちもすごいよ、そろそろ梅雨入りしそう。名古屋は?」
「ぼつぼつだろうな」
そんな会話でふと気づく。最初の頃は名古屋の天気を気にしていた。今、気づくまでそのことを忘れていた。
離れていることが淋しいとか思いながら、離れていることに慣れはじめていたのは私だったのかもしれない。
管理者になったばかりだから。人手不足だから。だから仕方なく名古屋について行けなかったと思っていた。
でもきっとそうじゃない。仕方なくではなくて、私が望んでいたところもあったはずだ。
やりがいのある仕事、かわいい子どもたち、認めてもらえた昇進。私が大切にしたいと思った事々のために、我慢してくれているのは瑛太なのかもしれない。
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