1 3月13日

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「いやあ……賃貸の一戸建ては面倒じゃないですか?」と直人が言った。「手入れとか、近所付き合いとか。僕らはマンションのつもりだったんだけど」 「でも、猫は飼えますよ」と営業マンは言った。  確かに。ずっと直人と二人だった彼女の暮らしに、最近になって新たな同居人が加わっていて、そのせいで現在の部屋を出なくてはならなくなっているのだった。同居人の名前はシアナ。今どきと思うが、段ボールに入れられて神社の軒下に捨てられていた猫だ。目下のところ、彼の幸せが香織たちの最優先事項だった。 「あ、注意してください。車が来ますよ」  営業マンに促され、香織と直人は家の壁際に身を寄せて、走ってくる車を避けた。家が面している二車線の道路には歩道がなく、結構な交通量はあるようで、道路を歩く時は常に車に気を使う必要がありそうだった。 「玄関から出て、車に轢かれたりしないかしら」香織は言った。 「そりゃまあ、多少の注意は必要ですけどね。助走をつけて家から飛び出したりしない限りは、大丈夫ですよ」
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