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その日はまだまだ夏の気配も感じられなくて、半袖だとちょっと寒いくらいの気温だった。天気予報は午後から大雨だったけれど、たまたまその日寝坊していてその事を知らなかった。
いつも一緒に帰っている友人は、委員会だとかの仕事で、居残りだそうだ。
以前、同じ委員会の男子が気になってるって言ってたなぁ。仲良くやってるのかな、なんて下世話な妄想をして、目の前の現実から逃れようとしていた。
けれど、雨は止んでくれない。
寧ろ激しく降り続けている。
昇降口でどしゃぶりの向こう側をぼんやり眺めながら、置きっ放しの傘を拝借しようかなぁと考えていたところ。
「ん」
視界の左端から、黒い柄がにゅっと突き出た。
びっくりしすぎて、体が動かなかった。顔そろりとを動かすと、そこには、一人の男子。
クラスメイトだ。名前は――
「雨、凄いでしょ。傘持ってないみたいだし、その……」
一つ机の列を挟んだ向こうの、前から三番目。ちょっとだけ成績が良くて、ちょっとだけ友達が多くて、それでいて、ちょっとだけ皆に優しい人。
私とその人とは、何の関係もない。
ちょっと目が合ったことがあるくらいの、それくらいの関係しか、ない。
どんな話で笑うのかなとか、どんな事が好きなのかなとか、一回二回くらいは考えたことがある。それくらいの、人。
ジブリ映画みたいに傘をこっちに突き出して、「ん」としたまま、動かない。私も、なんとなく動けない。
緊張しているのか、傘がちょっと震えている。私がこれを受け取って「ありがとう」って言えばいいんだろうか。
でも、真っ直ぐな瞳に射貫かれて、言葉がすくむ。何を言っても間違え、みたいな。
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