昇降口のショート・ロマンス

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 一ヶ月経って、まだ心の隅っこに彼の緊張した顔と、振り払った時のショックを受けた顔。それが交互に現れて振り払うことが出来ない。  彼からしたら、ちょっとした優しさのお裾分けだったのだろう。私からしたら、それは仄暗いヨコシマな心を見透かされた気がしたのだ。    もしも彼と仲良くなれていたら。  どんな話をして笑うのだろう。  どんな表情で私を見るのだろう。  恋に落ちるのだろうか、それとも。    少女漫画ちっくなヨコシマを、彼に知られたような気がして。傘を持って私の妄想の世界を破ろうとしてきたそんな気がして。  どんどん彼の事を考えてしまう自分が嫌で、また気分が沈み込む。 「ちょっと、悩み事?」 「うーん」 「ここ数日ずっと暗いよ? 親とケンカとか?」 「うーーん」 「もう。煮え切らないなぁ」  友人は秘密を知りたい半分、勇気づけたい半分の感情で私のまわりをくるくる回る。天然で、周りの目を気にしない素直な行動だとは思うけれど、うっかり友人の足を踏みそうになるから、怖い。 「言いたくなったら言ってよね。じゃ、また」  そう言って友人は反対方向の電車に乗った。友人の姿が見えなくなるまで手を振って見送った。地下鉄はいつも空気が冷たい。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加