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0.プロローグ
インド洋のとある島の空港に到着した
ハネムーンで有名な場所だけに
そのような雰囲気のカップルが多い
楽しそうな姿が羨ましく、恨めしく
横目に通り過ぎる
私は1人で歩いている…
ふりをしている
本当は何メートルか後ろを彼が歩いている
理由があってパートナーとは並んで歩けない
入国審査を抜け荷物を待つ
彼が荷物を受け取るので私は遠目にそれを見守る
「カップルだらけで、何かイライラする」
「何で!僕らもそうでしょ?
イライラしないで~」
「私たちは外でイチャイチャ
できないもの」
「いいのいいの、2人が分かって
いればそれでいいの」
「着いたら何して遊ぶか考えようよ?
僕はシーカヤックやりたいな」
イヤフォンから聞こえる優しい声
いつも冷静で理路整然としていて
年下とは思えない
遠くから彼を眺める
背が高くリンゴサイズの頭
どうみても普通の人ではない
サングラスからチラッとみえる目は
切れ長だけど優しい曲線を描いている
彼もこちらを見て少し笑った
脚を中指で4回叩く
「私も愛してるよ」
秘密のサインをみたら必ず返すルール
「ふふふ、いいね」
「あ!出てきたぞ~
荷物取ったらヘリに乗り換えだ」
外に出てホテルのボードを持つ人に近寄る
予約はいつも私の名前だ
ヘリポートに移動する
その島にはそのホテルしかなく、
宿泊客が到着すると一組ずつリコプターで
送迎してくれる仕組みだ
なんて贅沢!
機内は予想に反して天井が高く
空調が効いて寒かった
革張りのゆったりしたシートが2席しかない
飛び立ち、下に広がる「南の島」感
窓に顔を近づけ写真を撮り続けた
真っ青と緑の中間のような海の色
そこに、
絵具を垂らしたみたいな白い砂浜
そして微動だにしない彼
笑
「山に登ったと思えば大丈夫!」
「全然思えない…」
口をへの字にして首を横に振る
よしよしと腕をなでても
前を見て動こうとしない彼が
可愛いらしくて、
たくさん写真や動画に納めた
*
島に到着し、白い砂浜に降り立つ
降りる砂の上には絨毯が敷いてあり、
ホテルの方が迎えてくれる
映画のワンシーンみたい!
島に入る方法はこれだけなので、
宿泊者以外近づくことはできない
部屋はそれぞれ独立したヴィラに
なっており、
まさにお忍び用の島だ
部屋は広く、プールまで付いていた
もちろん、部屋の前にはプライベートビーチ!!
==
彼
彼女は着いて早々、頭が痛いと言うので
マッサージに行ってもらった
一応水着に着替えビーチに降りてみる
半裸の生活を想定して、
コンサート前でもないのに
トレーニングしてきたのだ
太陽の下、鍛えた腕をさする
静かな海、砂浜
ここまで誰もいない環境は
久しぶりかもしれない
いつも誰かに見られる生活
外で周りを気にせず過ごす事は難しい
マッサージが終わるまで1時間か
ビーチベットに座りゆっくり本を広げる
潮の香りを胸いっぱいに吸って
文字の世界に入っていった
==
彼女
部屋に戻り彼を探すと、
砂浜に置かれた日除けの下、
ビーチベッドに座り本を読んでいた
隣のベッドに座るとノールックで左腕を
上げてここにきてと揺らす
彼のベッドに移動する
「マッサージどうだった?」
低く掠れた声
「最高でした」
私が座る場所を少し開けてくれるが、
ほとんど重なるように座らなければ
落ちてしまいそうだ
彼の腕を枕に横向きで乗る
私の肩を抱き、ギュっと引き寄せた
いい匂い…
香水と体臭が混ざったこの世に
一つしかない香り
上になった手で彼の鍛えられた胸を
撫で顔を見上げる
まだ本を読んでいた
触るか触らないくらいのタッチで
先ほどより広範囲を撫でる
うっすらと鳥肌の立つ感じが
嬉しくて何度も繰り返した
パタンと本を閉じる音
頭に軽くキスをして
私の体をグッと彼の上に上げた
見つめ合い距離を詰め
一気に攻める
喉の奥がキュッと締まり
何故か突然切なくなる
厚みのある彼の身体、
熱い体温を感じながら
二人だけの
真空の世界に落ちていった
==
彼
ソフトタッチ攻撃に耐えられず、
彼女をお腹の上に持ち上げ
本格的なキスの体勢に入った
お尻、脚、二の腕、お腹、胸
触るところ全てが柔らかく癒される
触っているそばから、
もっと触りたくなる
不思議な感触
はぁ…
彼女が上半身を起こす
ふと、首の黒い跡が目に入る
「え!これどうしたの?」
「あ、頭痛にはこれが一番
良いって言われて…」
こんなことになっちゃったと
背中を見せる
水着の下に見える、
無数の黒い丸の跡、カッピングか!
「今日やったら帰る日までずっと
その状態だよ? 笑」
こんなになると思わなかったんだよねー
自分では見えないからいいよ!
と開き直る
「おー、僕の目にはいっぱい入るよー
痛々しいよー」
ごめんねって可愛い顔でニコニコしてる
大胆な彼女
==
彼女
「海入りたいな」
泳げないけど言ってみた
彼はうーんと伸びをして、渋々といっ
た感じで立ち上がる
きれい…
太陽の光にあたり、影になった凹みが
体の美しさを際立たせる
少し焼けた肌
キメは細かくみずみずしい
ゴツゴツとした大きい足の
焼けずに残った指股の白さが
可愛らしい
それに比べて私ったら!
自堕落な自分の姿をながめ憂いた
「どうしたの?いくよー」
美しい人が呼んでいる
==
彼
海に入り、
ぼーっとしながら二人でただ浮いていた
海と空の境界線がなくなり
平衡感覚が壊れる
何故か僕たちに起こった今までの事が
走馬灯のように頭をめぐった
波の音が催眠術のように
意識を遠い過去へ連れて行く
目を閉じた
:
正直少し前まで、スランプだった
突然歌詞や曲が書けなくなり、何も
浮かばなくなり
混乱していた
インプットなきアウトプットの限界に達したのかもしれない
一人で山に登ってリフレッシュしようと、
1週間で3回登山した
1ヶ月で15回登った
なのに何も出てこなかった
ただただ疲れて、大量の汗と徒労感、焦りにまみれ
頂上で水を飲みながら泣いた
こんな時もあるさと思いなおしても
押し寄せる締め切りとスケジュールの数々
自分がどうしたいのかわからないし、
言える余地もなかった
寝る時間を削り言葉を紡ぎ音符を繋ぐ
身をけずり声を振り絞る
黒い水の中で上も下もわからず彷徨う感覚
見えるのは黒
もう何もかも限界だった
彼女に出会ったのはそんな時だった
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