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「今日は雨だから涼しいかなと思ったけど、蒸し暑いね」
話題が尽きそうになるのが怖くて、私は窓の外を見て苦し紛れに言う。
「もうだいぶ夏ですよね。晴れていれば、ビールが美味しかったかもな」
「ビールは天気に関係なく美味しいよー。今日だって、絶対爽快に飲めるから!」
「三原さんは、そういえばビール党っすもんね」
「うん、そう」
私はここで、少し黙って彼を見つめてみる。
精一杯の意思表示。30歳にもなって、こんな中学生みたいなことしかできない自分にがっかり。でも、できれば、私の想いを察して、彼からこれから飲みに誘ってほしいのだ。
少しの間、狭い会議室に沈黙が流れる。聞こえるのはガラス窓を打つ雨音だけ。私たちの呼吸音すら聞こえないのは、お互いに息を飲んでいるからなのか。
彼は何かを言い出しそうに口を少し開いて――また閉じた。彼の細長いキレイな指が口許を軽く拭うような動作をする。
ねえ、なんで?今、何かを言いかけようとしなかった?私のうぬぼれでなければ、誘ってくれようとしたんじゃないの?
少しがっかりした。まぁでも、この人はそんなに簡単な人じゃないよね。
窓の外を見る。相変わらず雨は止む気配もなく、東京の空を暗く染めていた。せっかくの金曜日なのに、ウキウキ飲みに行くような天気ではない。帰宅することすら億劫になるような、陰鬱な空気。
「今回のプロジェクトが終わったら、二人でお疲れ様会がしたいな」
ニッコリとするでもなく、視線を外してポツリと言った私に、あなたがわずかに身じろぎしたのを見逃さない。
なお願いだから、困っていたとしても、そんな様子はおくびにも出さないで。
あなたはどう思っているか分からないけど、私、もう少しあなたに近づきたいの。
どうせこんなお天気なんだもの。
今日は諦めて、私に付き合ってよね。
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