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「雨って、嫌だよね」
僕たちが、まだ結婚する前のころ。ソファーに座って本を読んでいた僕の隣で、取り込んだ洗濯物をフックにかけていた彼女が、陽気に奏でていた鼻歌を中途半端なタイミングで切って、そう言った。
「外に洗濯物干せないし、頭も痛くなるしさ」
そうだな、と僕は答えた。キャンプやゴルフなど、趣味がアウトドアに偏っている僕にとっても――インドア向きの唯一の趣味が読書だったわけだが――雨という天気にはこれまで何度も気分を下げられた。雨なんて、降って嬉しいことなんかないよな、と本を読みながら僕は言った。
「え、そう?」
え?
あまりにも予想の範疇を超えた返答に、今度は僕がその一文字を返した。
「え、そういう話だったんじゃないの?」
僕がそう言うと、彼女は、まあそれはそうなんだけど、と言ってから、しばらく笑い続けていた。どうやら、僕が驚いて本から顔を上げた動作と表情、それと同時に出た「え」の一文字が、妙にツボに入ったようだった。
「あー、おなか痛い」
そんなに笑うことないだろ、と言いつつ僕もその笑いにつられてにやけてしまっていた。彼女の笑顔には、いつもそんな明るさがあった。
「え、のスピードすごかったもん。動画撮っとけばよかった」
「いらねえよ」
そんな会話をしているうちに、彼女は洗濯物を整えて、室内用の竿に干し終わっていた。
「でも、雨が降って嬉しいことだってあるよ」
キッチンで二人分のコーヒーを入れると、彼女は僕の隣に座りながら言った。
お礼を言ってコーヒーを受け取りながら、嬉しいことって、たとえば? と訊いた僕に、彼女は穏やかな笑みを見せて、言った。
「こうやって、一緒にのんびりできること」
そう言って、僕の肩に頭を寄せる彼女。
うわ、やられた。と思った。
やっぱり好きだな、と思わされてしまった。
明らかに照れ笑いが出てしまった僕の顔を見て、彼女はいたずらっぽく笑う。
そんな彼女が愛おしくて仕方がなかった。
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