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気がつくと、隣で遊んでいたはずの陽介の姿がない。慌てて辺りを見回しても、陽介は見当たらない。
ぞわりと背中が寒くなった。
「陽介ー! 陽介ー!」
大きな声をあげながら、公園を走り回る。遊んでいる知らない子が、私を見る。大人たちも心配そうな目で私を見る。その目の中に、陽介はいない。陽介からの返事もない。
当たり前だ。陽介は名前を呼ばれても、返事をするどころか振り返ることもしない。近くに行って、肩を叩きながら名前を呼んで、それでやっと自分が呼ばれていることに気付いて振り返る。だから、陽介から目を離しちゃいけないんだ。1度見失うと、見付けるのが大変だから。
今日の陽介の服装は、オレンジのTシャツに濃い緑のズボン。見失ってもすぐ見付けられるように、いつも目立つ色の服を着せている。
たくさんの服の色の中でオレンジ色を探すけど、全然見つからない。向こうの遊具の方まで、探しに行くことにした。
「陽介ー! 陽介ー!」
無駄だと分かっていても、大声で呼ばずにはいられない。
危ないことをしていない? 行っちゃいけないところに、行っていない? 汚い物や、危ない物を触ってない?
姿が見えないだけで、すごく心配になる。大人たちが陽介から目を離さないわけが、よく分かった。
滑り台の順番待ちの列に、オレンジのシャツを見付けて陽介かと思ったけど、陽介よりずっと小さい子だった。そりゃそうか。陽介は1人で列に並べないから、あんなところにいるわけがない。
小さい子の泣き声が聞こえて、ドキリとした。一瞬、陽介が小さい子のおもちゃを取り上げたのかと思ったけれど、ただの兄弟ゲンカみたいだった。側にはお父さんがいて、小さい子を泣かせた男の子をすごく怒ってた。
私は、パパやママに怒られた覚えがほとんどない。怒られるより、謝られることの方がずっと多かったから。
陽介が誰かに迷惑をかけたら、陽介の代わりに誰かが謝らないといけない。今はママがいないから、私が代わりに謝らないといけないんだ。
そこでふと、立ち止まる。
このまま陽介が見付からなかったら……
さっきまで考えていたことが、頭に浮かぶ。
このままずっと見付からなかったら、陽介の代わりに謝ることも、陽介が何かやらかさないか、心配することもなくなるんだ。
ママとパパと私の3人家族になったら……
ぽろりと涙がこぼれた。
陽介のいない家が、考えられなかった。
泣いて叫んでうるさくて、私にも周りにもいっぱい迷惑をかける大嫌いな弟なのに、いなくなることは考えられなかった。いなくなることが、すごく怖かった。
陽介がいなかったら、きっと家は静かになる。だけどそれは良い静けさじゃなくて、お葬式みたいな感じの良くない静けさだと思った。
ぐっと目をこすって、顔を上げる。
「よーーすけーーー!!!」
さっきより、ずっと大きな声で名前を呼ぶ。
「よーーすけーーー!!!」
陽介にも、自分の名前が呼ばれてるって気付くような大声で。
「陽菜乃!」
返事の代わりに名前を呼ばれた。だけどそれは、陽介の声じゃなかった。
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