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『愛しい君へ』
ある夏の日に、僕は君に手紙を書いた。
センスに自信がない僕は、可愛らしい便箋や封筒は使わずに、飾り気のない四百字詰めの原稿用紙に文字を認める。
内容は凡そ、君に恋した日々の思い出を思い付くまま綴っただけの、文章も何もない下手な恋文。夏の日差しよりも胸を焦がす、数多の想いだ。
けれど強過ぎる気持ち程、上手く言葉にならないもので。少し書いてはくしゃくしゃに丸めて捨てて、気分は最早文豪だった。
ゴミ箱から溢れた思いの欠片達は、季節外れの雪のように白く積もっていく。
朝食に食べた見事に焦げたソーセージのように、一見お粗末でも、一度口にすれば熱くじゅわりと濃厚な思いの丈を、余すことなくこの枠組みに詰め込めたら良いのに。
いっそ僕の心の内を、そのまま見せ伝えることが出来たら良いのに。
そんな現実逃避の果てに、夏の長い日が沈む頃、漸く僕の手紙は仕上がった。
今までこの手が記した文字列の中でも、これは間違いなく最高傑作だ。
きっとダイヤモンドよりも価値があるに違いない。
そういえば、昔君が好きだと話していた文豪の小説にも、こんな風に原稿用紙に手紙を綴る男が居た気がする。
はて、その男の手紙は、恋文だったか、それとも物語だったか。僕の手紙が読まれる前に、あの物語の君の感想を聞いてみたい。そうすれば相対的に、僕の手紙を少しは良く感じてくれる気がする。
なんて、そんな小細工はらしくない。すべてこの手紙に託したのだから、今更どうこうする必要はないのだ。
この気持ちだけは、きっとどんな凄腕の怪盗にだって盗めやしない。……否、僕の心を盗んだのは君だから、君が最強の怪盗なのかもしれないが。
僕はお気に入りの椅子に腰掛けながら、二十枚もの原稿用紙にびっちりと書き上げた達成感と疲労感に、やがてうとうとと微睡む。
暑い日差しの下にあったそれは今も尚温もりを帯びて、まるで人肌のように心地好かった。
今君に触れられるのなら、こんな温もりに違いない。
嗚呼、君に会いたくて堪らない。
明日、きっと会いに来てくれるであろう君に、照れずにこの手紙を贈ろう。
果たして君は、どんな反応をしてくれるのだろう。直接目に出来ないのが、残念だ。
君と離れて月日が経つのに、少年と呼ばれた頃から変わらぬ僕の想いに、君は喜んでくれるだろうか。それとも、呆れるだろうか。
今は夏の深い青空の向こうに居る君と、同じ絵に収まって一緒に色んな場所へと旅がしたい。なんて、そんな夢を笑うだろうか。
小さな盆提灯の光が、くるくると狭く暗い室内を照らす、夏の夜。
僕はひとり、今年も君の帰りを待ち焦がれる。
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