花火夜

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「ママ? ママだあ!」 「……本当だ」 「え、でもこの人なんか変じゃない? 僕らと違うね」 「本当だ」 ざわざわ、ざわざわ。 「よ、ヨシ君! 早くこっちに!」  近くで声が聞こえる、女性の震える声。もう間に合わない。わかっていたはずなのに。 「こいつ、生きてる」 「生きてる」 「え、何で死んでないの?」 「ママ! 早く会いたいから、ね。お願い!」 「ママ、早く死んで」  悲鳴が響く。もう何十回も何百回も聞いたから、慣れた。たぶんひどい目に合ってるんだろう。五体バラバラにされてるかもしれない。メッタ刺しかもしれない。ありとあらゆる手段で殺されているだろう、周りにいる連中から、自分の子供からも。何十人も群がっているようだ、人の気配が凄い。でも見えないから想像するしかない、想像する気はないが。  死人に口なし、って嘘だよなと学んだ。あいつらはとことんおしゃべりだ。 「良かったね、ママと会えて」 「うん! ありがとうお姉ちゃんたち!」 「さ、この調子で空夜探そう」 この調子で、ね。 思わず苦笑が漏れそうになって口を手でそっと押さえた。  夜に死者が歩き回っていると気付いたのはすぐだった。だってあの状況で生きてるはずがない真弓たちが歩き回って俺を探している。……バスの下敷きになりながら焼かれる断末魔の悲鳴をしっかり聞いたから、九死に一生を得てないことくらいわかってる。  昌成は手探りでわかった、頭の形が変わっているくらいへこんでいた。陥没なんてもんじゃないのに助かるはずない。それなのに次の日の夜には遺体はどこにもなかったんだ。真弓も昌成も花蓮も圭人も、一緒に亡くなったであろう人たちみんな。  暗いからお互いの顔が見えず、声と気配しかしない。足音とか、時々ちらっと見える制服とかで「いる」とわかる。それがわかっていない人たちは親しい人が生きていたと喜んで声をかけ、あちら側に強制的に引きずり込まれる。そんな様子をもう二か月毎日聞いてきた。 「やばい、朝だ!」 「いやあ! 怖い!」 「早く、そこのビルに!」 「もう、どこにいるのよ空夜!」 ざわざわ! 死者たちは光が嫌いだ。だから夜明け前に一斉にいなくなる。そして朝になり、太陽が昇ると。 「は、はは。誰もいねえんだよな」 乾いた俺の笑いが響く。今ここにいるのは俺だけだ。
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