雨音と旋律

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 ある日、若い男が旅の途中にこの村に立ち寄ってねぇ。村人から少女の存在を聞いた途端、彼女に興味を持ちはじめ、会わせてくれとせがんだのさ。  なんだか嫌な予感がしたねぇ。でも、せっかく迎え入れた旅人を無碍に扱うわけにもいかない。ある雨の日の昼下がり、彼女のもとへ旅人を連れていったのさ。  まぁ、若い男女のことだから仕方があるまい。二人は互いに惹かれ合い、仲を深めていったんだよ。 「恋に落ちてしまった、ということですね」  そう。旅の男も、別に悪い奴じゃなかったから、村の皆も特に気にはしていなかった。何より、恋をすることで少女自身も幸せそうだったからねぇ。  それがまさか、あんなことになるとは―― 「何が起きたんです!?」  男は背筋が冷えるのを感じ、くしゃみをひとつした。  鬼を寄せつけないため、晴れの日の彼女は雨音を奏でなければならない。だから二人が会えるのは雨の日だけ。  若い二人にとって、そんな制約は苦しかったんだろう。あろうことか旅の男は、晴れの日に彼女を家から連れ出し、遊びに出かけてしまったのさ。  ピアノの音色がないことに村人たちは恐怖した。鬼がやって来るんじゃないかって。そして、それが旅の男の仕業だと知ると、皆、怒り狂ったよ。  その日、忘れかけていた惨劇が再び巻き起こったのさ。皆の不安は的中し、鬼が村にやってきてしまったんだよ。  晴れているのに生贄を喰らえない日々に苛立っていたのか、はたまた空腹が限界を迎えていたのか。その日の鬼は見たことのない形相で、次々と村人を喰らっていったのさ。おぞましいあの光景は、死ぬまで脳裏から消えやしないねぇ。  少女と男は、晴れの日という泡沫の時間を満喫し、夜には村に帰ってきた。村人が鬼に食い荒らされたあとだとも知らずに。  二人は村の惨状を目にし、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていたよ。  そのあと、次の悲劇が起こったんだ。 「まだ悲劇が?」  あぁ。残された村人たちは、旅の男がしたことを許すわけがない。彼らが帰ってきたことを聞きつけた村の連中は、一斉に二人を取り囲むと、手にした鈍器で男を撲殺したんだ。 「まさか……」  悪いことかい? その男が村にやって来なければ、少女をたぶらかさなさければ、村人の犠牲はなかったんだ。どれだけの命が男のせいで失われたか。  ただ、その日から、鬼はこの村にやってこなくなった。 「晴れの日も、ですか?」  そうさ。雲ひとつない晴れの日でも、鬼がやってくることはなかったなぁ。
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