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「あの子たちは、本当にやんちゃでねぇ、とくに下の娘なんかは、よく服をどろんこまみれにして、帰って来てねぇ。あんまり可愛い、もんだから、怒るに怒れなくて、ねぇ」 「お母さん、何を……」  母の言葉を、すぐに頭で理解できなかった。いや、したくなかった。  私は傘を手放して母の前にしゃがみ、母の両手を掴んで訴えた。 「お母さん、何言ってるの? 私はここにいるよ、私が優だよ?」 「おや、あんた優のお知り合い、だったのかい? そりゃ、恥ずかしい話をしてしまったね。優には、内緒だよ」  すうっと背中に冷たいものが伝った。  足元の地面がすっぽりと抜け落ちて、まるで自分が無重力にいるような不気味な浮遊感に苛まれた。気が付くと、私は母の腕を強く握りしめていた。 「い、痛い! 何するんだい、やめてくれ、だ、誰かぁ!」  にこにこと微笑んでいた母の顔が、恐怖に満ちた子どものような表情に変わっていた。それで我に返った私は、戸惑いながらも母を抱きしめて必死に背中をさすった。 「ごめんね。ほら、大丈夫。もう大丈夫だから」  母は震えていた。それはたしかな恐怖から来るもので、演技でも冗談でもない、本物の感情。わかっているのに、わかりたくないと私は首を横に振り続けた。  雨はしっとりと私たちを濡らしていく。さっきまでの静かな世界は一変して、出口のない箱の中にいるような感覚に落ちた。  私は必死に涙を堪えながら、震える手でスマホを取り出して父に連絡を入れた。
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