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 一人で着替えることすらままならなくなった母の着替えを手伝い、朝食後の洗い物を済ませる。その間に、母は決まって窓際のロッキングチェアに座って、祈るように外を眺めるのが日課だ。 「今日は雨、降るかな。お母さん、楽しみ?」  穏やかな表情で外を見つめる母は、何も答えなかった。でもその顔つきから、母は今幸せな夢を見ているのだろうと思い、私は寄り添うように共に外を眺めた。  しばらく雨は降っていなかった。空梅雨を終えて迎えた夏は日照り続きで、例年にないほどの水不足が取りざたされた。それに追い打ちをかけるように襲い来る猛暑。初秋とはいえ、気温が三十度を超えることはもはや珍しくなかった。  そんな中、この日は期待されていた曇天模様。のっぺりとした灰色の空が、世界に蓋をしたように覆いかぶさっていた。  ぽつり、と音がしたようにアスファルトの一点が黒くなった。 「来た。来たよ、お母さん」  一点が無数に、やがて一面に。雨はあっという間に世界を変えた。  サアッという音が響く。雨の作り出す静寂と裏腹に、私は高揚していた。  音が、匂いが、気配が、私の五感を刺激する。 「雨って不思議だよね。私たちの生まれるずっとずっと前から、この世界をぐるぐる巡ってる。今見てる雨も、いつか見た雨かもしれない。そんな風に考えるとなんだかロマンチックじゃない?」  ふふ、と母に笑いかけると、何かに気付いたように母は目を見開いた。すると突然立ち上がり、隣に立てかけてあった杖を手に取って不器用に歩き出した。 「傘……傘を買って、あげないと」 「え?」 「約束してるのよ、次に雨が降ったら、傘を買うって」 「おかあ、さん?」  これまでの母とは思えないほど素早い動きで、母は靴も履かずに笑顔で玄関から外へと出ていく。
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