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「優ちゃん、今年も帰ってこないのかい? 大変ならあたしらがそっちに引っ越して、家のこととか手伝うよ?」 「いや、いい。大丈夫。ちゃんとやれてるから」 「陽ちゃんと連絡は取ってる? たまに手伝ってもらえるように言っておこうか?」 「いらないってば! お姉ちゃんは関係ないでしょ!」  月に一度、母から必ず電話が来る。母は「そっか、優ちゃんは頼りになるお母さんやね」と最後に言って電話を切った。  言葉とは裏腹、電話越しの母の顔が悲しんでいることは容易に想像がついた。  頼りになるほど私は強くない。ただのつよがりだ。だって、あの頃の絶対的な安心感を与えてくれていた母には到底追いつけないほど、私は小さいってわかってるから。  息巻いて飛び出した家。高すぎる現実の壁。遠く、大きすぎる母の背中。  やさしく、真っすぐなだけでやっていけるほど、女も母も甘くない。そんなこと、とっくにわかってる。  家族が寝静まった頃、家の外に出た。宵闇に小雨が降っていた。  雨がしっとりとやさしく私を濡らす。世界が信じられないくらい静かで、まるで時間が止まったかのようだった。  ふと、濡れた自分の身体を見る。適当なパーカーにジーンズ、サンダル。今では身なりにもずいぶん気を遣わなくなった。仕事用のジャケットやパンプスも特にお洒落に気を配ったものでなく、地味で無難なものを着ていく日々。  あんなに欲しがってた傘も、今となっては安い透明のビニール傘で済ませている。  ビニール傘を差す度にいつも思う。私はいつの間にかこの透明なビニール傘のように、色も柄もない、無個性な人間になったのだな、と。  私は母のようになりたくて、いつしか何者でもない、ただの女になった。  そんな諦めにも近い感情に囚われ始めていたある日、珍しく父から電話が入った。  母が倒れたと。  脳梗塞だった。
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