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母は一命を取り留めたが、医師に後遺症が残る恐れがあると診断された。現に母は呂律が上手く回らないことがあり、手足にしばしば震えが見られた。
「優ちゃん、遠いのに、ありがとう」
片側の口角を震わせながら、記憶と同じ笑顔を母は作ってくれた。
平静を装って「別に」と一言だけ零し、私は一人病室を出た。ドアを閉めて、そのまま病院の廊下にしゃがみこむ。
唇を噛む。悲しさよりも、悔しさや怒り、侮蔑。
そのすべては、自分に向けたものだ。
手に負えない、腫れ物のような娘だと思っていた。嫌われて当然だと思っていた。ホントは二度と――会いたくないんだろって、思ってた。
でも違った。母の笑顔を見たらそんなこと、露ほども思っていないことくらい、わかる。
涙で目の前が滲む。結局、間違っていないし、変わっていない。昔も今も、ずっと母は母のままだということを。
勘違いしていたのは私の方だ。
女であること、母であること、妻であること。どれを取っても、唯一無二の私だけには成り得ないことだと強く信じていた。強く逞しくあることこそ、誰にも私と認められることである、と。
こんなことになって、ようやくわかった。私は最初から私だった。母にとっても、家族にとっても、夫にとっても――私以外の誰でもなかった。
私自身が、私を認めていなかったのだ。
暮れ始めた光が病院の廊下に差し込む。その光が、私を浄化してはくれないかと祈りながら、私はひとり声を殺して泣いた。
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