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どれだけ見ていただろうか、風が吹き込んでカーテンが靡く。立春を迎えたばかりの空気は、キンとした冷たさを孕んでいた。
窓を閉めて振り返ると、押入れが目に入った。布団や衣替えで着なくなった服、学校で使わなくなった物などを押し込めていた押入れだった。懐かしさに駆られて、取っ手に手を掛ける。
押し入れを開けたとき、私は「あ……」と声を漏らした。
私の幼少時代からのおもちゃやピアニカ、ランドセル。そして、あのとき母に買ってもらった青い傘だった。
少しすすけてはいたものの、あのとき感じた魅力的な青さや個性は、まだその輝きを失っていないように思えた。その傘をそっと取り出して、抱きしめるようにぎゅっと握りしめた。
大人になって初めて気が付いた、こんなに小さな傘だったなんて。
「掃除する度、この部屋ん中でいっつもそれ広げてたんだよ。優を笑顔にする、魔法の傘だってな」
不意に聞こえた背後からの父の言葉に、胸が苦しくなった。同時に、恥ずかしくもなった。
この傘の夢を見るようになるまで、正直傘のことなんて忘れていた。幼かったあの日、この傘がどれだけ私のすべてだったか。母の笑顔が、どれほど大きなものだったかを。
母はそれをずっと覚えていたのだ。私よりもずっと、私を忘れないでいてくれた。
堪えていたものはいつの間にか大きな水玉となって、私の頬を伝ってパタパタと床に落ちた。
「ねえ、お父さん」
振り返って、私は言った。
「私、お母さんに恩返ししたい」
「ああ。母さん、きっと喜ぶぞ」
母に負けずとも劣らないやさしさのこもった笑顔をして、父は私の頭をぽんぽんと撫でた。その瞬間、コップの水が溢れたように私は大声を上げて泣いた。父は小さな子どもをあやすように私の頭と背中をさすり続ける。
思い出せないくらい遠い時間をかけて、生気を失いかけた家は家族を包んでいた。
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