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「この傘なんてどう? ピンクだし、お花のワンポイントも入っててとっても可愛いわよ」 「やだ! わたし、この青い傘がいい!」  この日は約束の日だった。  次に雨が降ったら私の傘を買いに行こうと、母親にダダをこねて、子どもらしく涙を武器に無理やり約束させた日。私の傘はいつもお姉ちゃんのおさがりだった。  お姉ちゃんはいつもカラフルで新しいピカピカの傘。それが私のところに来た頃には、すっかりくすんでいて全然可愛く思えなかった。  いつも悔しくて、悲しかった。  私は雨が好きだった。  雨が降ったときに立ち上るアスファルトの香り、雨粒に濡れた艶やかなアジサイやフキの葉、余計な音を全部かき消してくれるやさしいサアッという音。  今でこそ、それらの趣が私の棘ついた心を癒すものであることを理解しているのだけど、このときはただただいつも綺麗でカラフルな姉を羨んでいただけだった。  道行く人々の傘を見ては、あの色がいいな、あの傘は可愛いなとか、まるで道に転がる宝石のように思えた反面、その個性の強さに胸がもやもやした。  私の個性はいつも『お姉ちゃん』だったから。お下がりの傘はお姉ちゃんであって私ではない。それじゃあ雨の日に私という人間はどこにもいない。  今思えばわけのわからない暴論じみた持論だったと思うけど、当時はそれほどまでに傘に執着していた。新しいおもちゃが欲しい、でもしばらくしたら飽きるのと一緒で、一過性のものに過ぎなかったと思うけれど、それでも当時の私にはとても大事なことだった。 「この青い傘? う~ん、綺麗な青だけど男の子っぽい感じがしない? せっかくの優ちゃんの傘なのに……」 「それでいい、これがいい!」  空を映したようなコバルトブルー、濃淡でストライプ模様になった傘だった。  女の子なのに男の子っぽい。それが天邪鬼な私にはうってつけで、まさに雨の日に私が私だけになれる傘、そこに惹かれた。 「そう、優ちゃんがそこまで言うならこれにしよっか」 「うん!」  私は嬉しさのあまり、すぐに使うと言ってラベルを取ってもらった。駐車場の車までの短い距離を、新品の傘を差して歩いた。  新しい私を見て、母はにっこりと笑ってくれた。 「優ちゃん、似合ってるわね。とっても綺麗よ」 「うん! お母さん、これなら雨の日でもわたしのこと、すぐ見つけられる?」 「ええそうね、これならどこにいたって『優ちゃんだ』って、お母さんすぐにわかるよ」 「えへへ、わたしの傘。あめあめふれふれかあさんがー、じゃのめでおむかえうっれしいなー」 「あら優ちゃんったら、ご機嫌ねぇ」  誰のものでもない、私だけの傘。  私はこのとき、初めて私を見つけられた気がした。
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