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4
少女はティアと名乗ったが、自分の名前以外覚えておらず、親や家族のことも、そもそもどこで暮らしていたのかも、聞き出すことはできなかった。
霧尾は警察に通報することも考えたが、一旦自分が暮らすアパートの部屋で様子を見ることに決めた。
「うまいか?」
「うん!」
与えたのはほとんど水を使わずに完成する即席麺だ。宇宙食として使われたものが民間の一般食に降りてきたもので、水が貴重品となった今ではこの手の商品が生活の基盤を支えていた。
ティアは食べ終えるなりすぐに寝息を立て始め、仕方なく霧尾は自分の布団に寝かせると、書き置きをして外に出た。
バンに乗り込み、エンジンを掛ける。
それにしても彼女を見つけた時に発生したあの降雨現象は何だったのだろう。
そもそもあのダム底の調査に向かったのは観測データに降雨の跡を見つけたからだった。
あの場所特有の現象なのだとしたらその秘密を解き明かせば、世界中で起こっている水不足解消への手助けとなるかも知れない。
霧尾は希望の欠片を見つけた気分になり、ハンドルを握る手にも力が入った。
観測所の研究室には風馬の姿があった。
「あ、霧尾」
何を見ていたのだろう。
彼は慌ててモニタを切り替える。映ったのは現在の地球各地の気流のデータだ。他にも雲や雷、もしあれば降雨の情報が画面には表示される。
「また、ドローン上げていたのか?」
「そう、だな」
霧尾は自分の席に座ると、本部から送られてきたデータに目を通す。
今日も特に降雨の予想はなかった。
「霧尾はさ、雨乞いって信じるか?」
「雨を願って供物を捧げたり、シャーマン的な人物が祈ったりするアレ?」
ああ、と風馬は頷く。
大学の卒業論文で、霧尾は雨とシャーマニズムの関係について書いた。その中で雨乞いの儀式についても取り上げたが、どうして急にそんなことを言い出したのだろう。
「米国のNXAでその雨乞いについて本格的な研究が始まったんだよ。あいつらもそろそろオカルティズムな方向に頼らざるを得ないってことだ」
「雨乞いは何もオカルトや超能力の類じゃなくて、あれでも昔の気象学の側面があるんだよ。シャーマンないし、雨乞いの巫女は雨が降る前兆を知る能力があった。僕らでも冷たく湿った風の存在や、それこそ雨の匂いなんかでその予兆を感じ取ることがあっただろう?」
「もう何年、まともな雨が降ってないと思ってるんだ? そんなもの忘れちまったよ」
「雨は自然現象の一つだ。それは君も理解していると思う。その自然現象に対して現代科学はまだまだ解明できていないことが多い。だから雨乞いのことを非科学的だと馬鹿にしたり、オカルトだと揶揄するにはまだまだ研究が足りないと思うんだ」
そうかよ。
何か言いたそうな表情を浮かべた風馬はそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。
いつもこの手の話を始めると、平行線になってしまう。
それは何も彼という人間が相手だからではなく、学生時代に付き合っていた彼女ともよく意見の食い違いが起こった。
「どうしてマサノリはいつも自分の意見を相手が聞き入れないと気がすまないの? 会話というのは何も自分を伝える為にするばかりではないのよ。ただ言葉のキャッチボールを楽しんだり、それこそ相手に自分の話を聞いてほしいだけということもあるの。問題の解決や解法を求めたりはしていないの」
結局ミレーヌは別れの言葉もなく母国に戻ってしまった。
彼女はジャーナリストを目指していたが、今頃何をしているのだろう。
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