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2022年7月10日(日) 午後17時18分
「そろそろかな」
「こんなのがこの先ずっと続くとなると流石にしんどいなぁ……」
「その感情があるのも最初だけです。いずれ慣れます」
「慣れるって……」
不謹慎な会話をする2人の前には、間もなく息を引き取るであろう、年老いた男と、その男の親族と思われるヒトが何人かいた。
「オヤジ、もういくのか……」
老人の手を握りながら、寂しそうな表情を浮かべている男がいる。
「こういう時、俺たちの声が聞こえないの本当に助かりますよ。親族でもない限り、ヒトの死を目の前にして思ったこと言えずに、ずっと黙ってなきゃいけないなんてしんどいし」
「黙ってなきゃいけないなんて決まり無いですよ」
「いや、まぁそうですけどぉ、下手に声かけにくいじゃないですかぁ」
2人の会話は目の前の家族には聞こえていない
カランッ……
老人が横たわっていたベットの脇に歯車が落ちた音がしたと同時に、ベットサイドモニターの電子音が耳鳴りの様な音に変わった
「ほら、回収してすぐに仕事に戻りますよ」
「◯さん、そんなに仕事ばっかで疲れないんすか」
「その呼び方もしっくりきませんね」
浮かない表情をしながら、1人は落ちた歯車を拾い上げる
「やはり、そうでしたか」
「何がですか?」
「彼の才能は、栄養を多く必要とするタイプでした」
「栄養? あー こないだ◯さんが言ってた努力とかいう奴っすか」
「あの時は、そう言いましたが、才能のタネを開花させる要素は努力以外にも、そのヒトが置かれている周りの環境など様々です。そのヒトだけの努力だけではどうにもならないことも沢山あります」
中央に穴が空いた歯車の中にある才能のタネを見つめながら続ける
「私たちは、子供が母親から生まれたと同時に、この才能のタネが埋め込まれた歯車を、子供の中に入れます。しかし、中に入れるタネは新しいものとは限りません。もうすぐ咲きそうなツボミの状態のもあれば、ほぼ開花している様な状態のもあります」
意外と真面目に話を聞いている1人が、間髪を入れずに質問をする
「ツボミだったり、開花してたりするのにタネって呼んでるんすか?」
「そこら辺は、細かく分類すると作業効率が下がってしまうからじゃないですかね。ヒトの数は多いので」
「意外と適当なんだなぁ。そもそも、新しい命が生まれたのに何でタネは新しくないんすか?」
「あるヒトの人生の中で、才能のタネを開花させた後にそのヒトが亡くなれば、多くのヒトは新たなタネが埋め込まれた歯車を入れてもらえるのかもしれない」
一度黙り込んだが、再び話し始める
「私たちがヒトの中に入れる才能のタネは必ず開花するわけではありません。この老人の様に……」
会話をする2人の前で、死亡確認をされた老人が家族に囲まれ、その周りでは看護師達が病室の出入りを繰り返している。
「騒がしくなりそうなので、次の場所へ向かいながら話しましょう」
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